◇雑感◇ 11.30
 先日の広島戦は色々あって指定席での観戦で、家に着くなり嫁さんと話したのは「何だか実感が沸かない」という事。確かに勝利を見届けられたのはとても嬉しいし、ネネが退場になっても余りそれを感じさせずに広島を押し込んだ試合の内容は、いつも僕が居るゴール裏よりとても良く見えた。にも関わらず、どこか勝利を実感出来ない自分が居て、それは嫁さんも一緒だったみたいだ。
ゴール裏にいると、反対側のゴールなんて殆ど見えないし、ウラワが調子に乗って反対方向へ攻め続けたりすると何が起こっているか全く判らない時間がずっと続く様な事も良くある。それでも、自分が声を出し、飛び跳ね、チームと一緒になって戦っている感覚を持つ事が出来て、僕はやっぱりいつもの場所に愛着を感じる。この日の席はSCのかなりホーム寄りで、確かにフットボールゲームを見るのには絶好と言っても良い場所だったし、多く一般の方には自信を持って勧められる場所なのだけれど、特に試合終了後にスタジアム全体を揺るがす様な「We
are REDS!」が聞こえてきた時は、あの中に居たかったと強く思った。
そう言えばセカンドの市原戦、試合開始に間に合わずバックスタンドで試合を見た時も、同じ様な事を感じていた。どこか現実感が無いというか。しかも広島戦の前は日立台での観戦だったから、よりその思いが強くなったのかも知れない。
 そして昨日、仕事の合間を縫って少しだけ自分の時間を作り出し、横浜国際へと向かった。いつも一緒に見ている仲間の中で最もこのスタジアムの近くに住む僕は、横国へ一番足を運びやすい訳で、当然の帰結としてガムテ貼りに行ったのだった。小机駅で横浜線を降りてとぼとぼとスタジアムへ歩くと、すれ違う人は犬の散歩かランニングか。まあ、平日の日中からこんな所に来る人が居る筈も無く、勿論そこにはウラワサポの姿も無かった。
競技場を囲む外周路に着くや否や僕はカバンからガムテープとマジックを取り出して早速陣地取りをしようと試みたのだけれど、おかしいなまだ1枚しかガムテが貼られていない。幾らなんだってこれはおかしいんじゃないかと訝しがりつつも、2番とは素晴らしいと喜びながらガムテを貼ってすぐにその場を立ち去ろうとした。しかし僕の程度の悪い脳回路をもってしてもそれが間違いだと気づくのにそれ程時間は掛からなくて、ぴんと来たと同時に今来た道をとって返し、自分が貼った場所のゲートを確認するとそこはメインスタンド指定席の入口だった。慌てて僕はガムテを引っぺがし、本来の入場門であるゲートへと急いで、危うく記される所だった自分の失点を回避した。
冷や汗をかきながら正門の方まで回って、今度は新横浜駅を目指す。ふと何気なくスタジアムを見上げると、いきなり鼓動が早くなり、いきり立つ気持ちが突如現れてきた。セカンドステージは余りにも独走すぎたし、優勝を決めた試合で負けてしまった事もあってか、自分の喜ぶという感情を全て出し切る事が出来ずにいた。不完全燃焼だと言葉が過ぎてしまうのだけれど、靄が掛かっている様な。だけど、幸い僕にはそれを吹っ切る事の出来る時間が用意されているのだ。選手達も、監督も、勝つのだったらきっちり、すっきりやりたいだろう。
リーグの日程が終わっても、まだ2試合戦える事の喜びを噛み締める。広島戦で感じた現実感の無さ、突き詰めればセカンドの優勝も僕にとっては感情をむき出しに出来なかったから、このウラワにとって最初で最後のチャンピオンシップを無心で戦い抜き、感情を爆発させたい。出来たら、勝って思いっきり号泣したい。相手のホームスタジアムを後にして駅まで歩く最中、そんな事ばかり考えていた。
◇日々刻々と変化する◇ 11.27
僕は少しだけ戸惑っている。最終節を明日に控え、例年ならばもっと気持ちの盛り上がりというか心の抑揚がもっと大きかった筈なのに、今の僕は至って冷静に広島戦の事を考えている。優勝を決めてから挑む試合だからなのか、本当に今年のウラワには色々と勉強させられる事が多い。嫌なジンクスを次から次へと打ち破り、セカンドステージは開幕から常にリーグの先頭をひた走り、遂にはそのままゴールラインを超えてしまった。
今までならばウラワがどれだけ良い試合をしても、次の試合ではどうなるか判らなかったし、実際大勝したりすると平気で次の節に完封負けなどを喫したものだ。しかし今のウラワは大量得点を奪って勝利を収めたとしてもすぐに気持ちの切り替えが出来る様になっているし、仮に負けたとしてもそれを次への糧として、また新たなパフォーマンスを見せてくれる様になった。そんな事が一年を通して繰り返されてきた結果、僕がウラワに対して持つ信頼感は日に日に増して、勝つか負けるか判らないという面での高揚感は少なくなってきた。以前なら、試合の前日に「果たして明日は勝てるだろうか」と心配する気持ちも少なからずあったけれど、今はそんな風に考える事もめっきり減って、ただウラワのフットボールを楽しみに待つ感覚だけがある。これが傲りなのかはたまた勝者のメンタリティーなのかは判らないけれど。
優勝を決めてホームで迎える最終節、チケットも売り切れていて6万近い観衆が見込まれるこの上ない舞台。名古屋戦で感じたプレッシャーを既に振り払ったチームは、きっと美しい内容の試合をピッチで披露してくれるだろう。僕は、そう信じられる様になった。
ウラワが今ほど強くなかった頃の一勝は、それだけでとても大きな価値を持っていて、例え最小得失点差を守りきる胃がキリキリ痛む様な内容の試合であろうと、勝利した後の喜びは格別だった。連敗が続く中もぎ取った白星は、地獄の底へと差し込む一筋の光、蜘蛛の糸、そんな感じがして、胸が張り裂けそうな程嬉しくて。ただ、試合に臨む感覚は今でも全く変わっていない。目の前の戦いが最も重要だという事に変化は無く、戦いが始まればピッチへ向けて精一杯の声援を送る。違ってきたのは、試合のある日を挟んだ日常の時間。
人間は“慣れる”生き物だから、正直勝利に対する免疫が強くなって来ているのは否定出来ない事実で、これだけ勝利を積み重ねられる様になってきたから、日常にウラワ絡みのストレスを持ち込む回数は極端に減った。悔しい敗戦が続く様な事があると、途端に普段の生活にまで影響が出てしまっていた僕でも、この数ヶ月とても良い精神状態を保っているし、ちょっとイライラしたのはナビスコの後だけだ。その他は、とても穏やかに日常を過ごせる様になったし、普段の生活の中で“狂おしい程の勝利への渇望”を抱く事も随分と少なくなった。
こうした精神状態でいるのが良い事なのか、今の僕には判らない。初めての経験なのだから。ただ、僕はウラワが強くなってきている事を誇りに思っているし、より高い所へ登って行って欲しいと願っている。勝ち続ける事によって生まれる“戸惑い”は、実は結構幸せな事なのかも知れない。とても安定した精神状態で迎える最終節、その後に控えるチャンピオンシップの事はひとまず置いといて、圧倒的なホームのサポートでチームを包み込み、新たな高みへとまた一つ階段を登ったウラワに対して感謝の気持ちを示せれば良いなと考えている。
◇小さな心地よい場所◇ 11.23
駒場に通うのと同じ道のりで川崎から上野へと出て、常磐線に乗る。9時過ぎに柏駅に着いた所で、先に日立台へ乗り込んでいる仲間へ電話を掛けたりしていると、丁度タイミング良く同じ時間に着いた観戦仲間と落ち合う事が出来て、一緒にスタジアムへと向かった。休日の朝という事もあってかその道中に人影は少なく、また車の数も少ない。偶に犬を連れて歩く人を見かけたりするものの、僕たちの前後を行く人の殆どは何かしら赤いものを身につけている人達だ。前節に優勝を勝ち取ったのを全く感じさせない、いつものアウェイの感覚だ。
去年行った柏の葉よりも圧倒的にアクセスの良い日立台へと到着すると、その感覚はより強いものになった。恐らく、ウラワにとって初めての経験である「消化試合」であるにも関わらず、入場の並びには良く見る顔が普段と変わらない様子で整然と並んでいる。比較する事では無いかも知れないけれど、僕が子供の頃に通っていたプロ野球では考えられない事で、優勝を決めたチームの試合だろうと日本シリーズを迎えるまでの消化試合は閑古鳥が鳴くのが当然であり、試合数の差もあるのだとしても、フットボールの試合が持つ“熱気”を考えざるを得なかった。消化試合だろうと優勝を決める様な試合だろうと、フットボール、否、ウラワの試合はどんな時も熱気を孕んでいて、多分僕らはそれに惹かれて毎試合スタジアムへと向かうのだろう。
ただやはり、開門されてスタジアムの中に入るとゴール裏にはどこか余裕が感じられ、果たしてそれがステージ優勝を勝ち取った事から来たものなのか僕には判らなかったけれど、多分悪い種類の余裕という訳では無かった様に思う。名古屋戦では選手達の間から余りにも凄い雰囲気のスタジアムに力が入りすぎてしまったという言葉が聞かれていたけれど、前節ひとまず当面の目的を達成した事でゴール裏からもむやみやたらな力みが減って、それはチーム全体にも波及したんじゃないだろうか。バランスの取れた、と言ったらおかしいかな。今日の日立台は、熱気と余裕とがとても良い感じで並立していたと思う。
今日の様な状況で迎える試合は僕も初めての経験だから評価が凄く難しいのだけれど、大幅に入れ替わったスタメンも、途中から次々に変わって入った若いメンバーも、十分に自らの力をアピール出来たと感じた。こういった時間の積み重ねが選手層の厚みを増していくのだと思うし、そういった意味でも、スタメンを休ませる事が出来たという意味でも、2節を残して優勝できたのはやはり良かったのだと思う。負けて優勝が決まったからとて、それが無くなる事は無いのだし。早い段階から勝ち点を積み重ねてこれたからなのだし。
 僕は日立台に足を運ぶのが初めてで、想像以上のピッチの近さに驚き、感動した。汗に濡れる都築の前髪が克明に見え、エメルソンのシュート音が間近に聞こえてくる。少しでも気を抜いているとふかしたシュートが飛んできたり、芝生の匂いが届いてきたり、何だかフットボールの原点を感じた。自分が芝生のグラウンドでプレーした機会なんて殆ど無いのにも関わらず、どこか懐かしい感じがするというか。選手達にとってはやり辛いかも知れないが、ゴール裏にいる者としては気持ちが届きやすい感じがするし、たまにはこういったスタジアムで試合をするのも悪くないな。
小さな小さなスタジアムは程よい熱気に包まれ、ピッチでは降格の危機に陥っているクラブに対して情け容赦ないウラワの強さが発揮された。でも、それがやっぱり正しい姿なのだ。手を抜く事なんて考えられない。僕らも降格を経験しているから、勝敗が直接成績に関わらない相手なら負けてくれよと思った事もあったけれど、目の前の1試合が最も重要なのには変わりが無くて、勝ちたい気持ちが最も強い所が、一番高い所にいられるのだと思う。フットボールにはそういった側面が多々あり、レベルの高い外国籍選手だろうと、一旦試合が始まってしまえば死に物狂いでプレーするし、スタジアムはそれに呼応する。僕はこれに“慣れて”しまう事は無いと思うし、今日のスタンドはまるで仮設の様で足下は常に揺れていたけれど、僕の心はそんな風に揺らぐ事無く強固に、恐らくずっとフットボールに、ウラワに、惹かれ続けるだろうと思う。
◇ウラワらしさ◇ 11.21
セカンドステージのウラワを見ていて、僕はある言葉を頻繁に思い浮かべる様になっていた。日本が戦後の復興期を過ごして、経済的な発展を遂げようとする少し前に言われた「もはや戦後ではない」という言葉を。
比類無き運動量をベースにした、前線から相手に高い圧力を掛けるプレッシングが日常的なものとなり、ウラワのアイデンティティであるスピード豊かな攻撃陣が効果的に生かされる様になって、相手ゴールネットが揺さぶられる回数は飛躍的に増えた。ウラワのフットボールはスピードを増し、強さを増した。ファーストステージからその片鱗は随所に感じられたけれど、若い監督と選手達はまだ精神的な脆弱さを垣間見せる時がままあって、盤石の体勢とまでは言い切る事が出来なかった。しかし、セカンドに入ると試合を重ねる毎にメンタル面での安定感が見受けられる様になってきて、試合をコントロールする選手達は既に“頼もしい”存在となった。
戦績表を見ると、ウラワはセカンドステージだけで既に31の勝ち点を挙げている。少し前、いやほんの3年前あたりならば、31点という数字は一年を通して目標とする勝ち点だったのだ。降格ラインが勝ち点30あたりというのが通説で、取り敢えずそこをクリアすればほっと胸をなで下ろすという状況。しかし今のウラワは、その時の半分の時間で同じだけの勝ち点を積み上げられる様になっている。
ウラワと共に戦っているサポーターなら判るだろうけれど、今のウラワは決してエメ頼みのチームではなく、中盤を省略した縦へ早いだけのフットボールをしているチームでもない。磐田の様な美麗なパスワークであったりとか、鹿島や横浜の様な老獪さを持っているとか、そういう訳では決して無いのだけれど、ウラワは溢れんばかりの若いパワーとスピードで常に相手を威嚇し、攻撃力で常に相手を戦かせ恐れを抱かせるクラブへと変貌を遂げた。もう、昔のウラワではないのだ。
チームが強くなるというのは色んな意味を含有していて、多分それはクラブを取り巻く環境などにも大きな影響を与える。そういったもの全てを含めて、僕は上に書いた言葉を思い浮かべたのだろうと思うし、もはやウラワは強豪と呼ばれても何らおかしくないのだから。朝鮮戦争の特需によって急激にGDPを伸ばした戦後の日本は、焼け野原のバラックからそれこそ瞬く間に復興を遂げて、果たして戦前のレベルよりも高い所へ国の財政を持ち上げた。その時、前出の言葉が世に放たれたのだけれど、何となく今のウラワにも近しい感じを僕は受けた。
それで、昨日。試合に負けて、優勝が決まった。試合終了後のインタビューで僕と同い年のキャプテンは苦笑いをしながら「うちらしい」という言葉を使っていて、それを聞いた時に少しだけほっとする感覚を得た自分がおかしくて、周りが歓喜の涙に包まれているというのに笑ってしまった。結局そういう事なんだ。いくらチームが強くなって時代が変わったとしても、ウラワが僕らのチームだということに変わりはない。何がウラワらしいのか、本当の所は何も解らないけれど、少なくとも僕にとってのウラワはゴール裏で戦う対象であり、強弱にかかわらずサポートするものであり、少し大袈裟に言えば人生の少なからぬ部分を占める大事なものである。そんなチームがそばにあるのだから、やっぱり僕は幸せだ。
◇12年目の◇ 11.20
ここまで歩いてきた。でもまだ先に道はある。今日は一休みして喜びに浸ろう。
カンペオン!!
◇みゃー◇ 11.19
何と今日は「名古屋」への出張。一昨日急に決まったこの日程、何らかの巡り合わせを感じずにはいられない。と言うわけで、帰りは疲れていたり指定席が満席だった事もあり、生まれて初めて新幹線のグリーン車を奢りました。勿論自腹ですよ。味噌カツも食ったし、あとは明日戦うのみ!
そうそうS江さん、今日の日記で店の名前間違えてやしませんか?
◇迫り来るもの◇ 11.18
取引先との商談を終えて東八道路を東へ向かって走っていると、朝からぱっとしない表情を見せていた空から大粒の雨がぽつりぽつりと落ちてきた。何度か右折左折を繰り返し甲州街道に出て、給田の信号を曲がるべく右折車線に入った頃になると雨足は一層強くなってきていて、ワイパーは忙しく左右に首を振る。実際どのくらいの期間雨が降っていなかったのかは判らないけれど、雨降りが久しぶりだというのは何となく感じていて、そう言えば一ヶ月前に風邪をひいて以来ずっとあった喉の違和感が消えているのに気づき、もしかするとそれはこの雨のお陰で乾燥した空気が湿り気を帯びての事かも知れないと思い、普段なら嫌いな仕事中の雨なのだけれど、今日はそんなに嫌な気持ちにならなかった。
晴天が続くのは良い気分だけれど、ずっと続くと飽きてくるのは人間の性で、雨を嫌う僕ですらそういった感覚を持つ事がある。同じように、気持ちの張りを持ち続けるのもやっぱり難しくて、ウラワが求めていたものに近づいてそれがリアルなものになってくると、僕の心持ちも緊張感を増してきて、11月に入ってからはやもするとウラワの事を考えては心臓がバクバクする様な瞬間が日常の至る所に見受けられる様になっていた。初めての経験なのだし、そんな日々を過ごすのがむしろ当然なのだろうけれど、僕の様にメンタルに問題を抱える人間にとってそんな高い緊張感を継続するのはとても難しく、今日の雨は「そんなに突っ走らなくても良いよ」と優しく語りかけてくれている様な気がして、僕は少しだけ癒された気分になった。
もう、本当の事を言えば僕はいつ名古屋戦が来ても良い程準備万端なのだ。この2週間くらい、常に僕の精神状態はとてもテンションの高いところで何とかバランスを取っている様な状況で、会社で毎日顔を合わせる鹿島サポとFマリサポに、それこそ会う度に「20日に決める!」という様な言葉をぶつけながら過ごしている様な状態なのだ。ある意味勝ち慣れている彼らにとってステージ優勝というのがどれ程の重みを持つのか僕には判らなくて、いつも彼らは僕の言葉に憤る事もなくさっと受け流してくれているから今の所問題は無いけれど、兎に角、今僕はとても危ういバランスの上で毎日を暮らしている。
どうすれば良いのか、どんな気持ちでいれば良いのか、はっきり言って何も判らない。ただ、一つだけ言えるのは僕には後悔が残っているという事。3年連続で迎えた国立の舞台、僕は“普段通りに”という気持ちが強すぎてか、余りにも緊張感が欠けたまま試合を迎えてしまった。去年と全く同じ時間にまだ暗い明治公園に到着した時、赤く染まったその場所を見て僕は一瞬気が抜けた様になってしまった。仲間達と「3年目だからもう慣れたな」などと余裕を見せる口ぶりで話をして、徹夜で並んだらしい瓦斯サポを見下したりして。僕の精神状態がチームの結果に影響を与えたなどという烏滸がましい思考に陥っている訳では無いけれど、それでも全く個人的にもっともっとサポート出来たと思っているし、試合後負けたのにもかかわらずそれ程落ち込んでいない自分がいて、あれから少し時間が経った今冷静に振り返ると、心の底から沸々と悔しい感情がやたらに湧き出してくる。死ぬ程やれたかと問われれば、答えに詰まってしまうだろう。
条件も状況も異なるけれど、今週末の戦いは僕にとってリベンジと言える要素がある。今日の雨は、燃え滾り試合前に燃焼しきってしまいそうだった僕にとって、とても意味あるものだった。雨によって一旦燻った僕の心は、週末へ向けて再度燃焼を始める。今度は後悔なんか残さない。選手達に嫌な思いだってさせたくない。思うのは、いつも通り“最大限に”サポートする事だけ。
◇青二才◇ 11.16
仕事を終えての帰路、いつもの様に東横線のホームで電車を待っていると、屋根から吊されている列車案内の表示に書いてある時間になっても電車がやって来る気配がない。何だ、事故でもあって遅れているのかなと思った矢先、2分遅れでホームに電車が来るアナウンスが流れた。遅延しているのにもかかわらず、電車は予想より遙かに遅い速度でホームに入線してきて、停止して扉が開くまでに多くの時間を要している様に感じた。
そんな違和感を抱えながら電車に乗り込むとその感覚はいよいよ激しくなってきて、次の駅に近づいてさあ止まらんという時になっても電車はなかなか停止せずに、とてもゆっくりとした動きのまま随分と進んでから漸く止まった。その駅は後ろから来る急行に追い抜かれる駅で、本来なら僕が乗っている各停が着いて少ししてから急行はやって来る筈なのに、今日に限っては各停が停止した瞬間といっても間違いじゃない程の感覚ですぐに急行はホームへ滑り込んできて、乗客が乗り降りすると瞬く間に出発していった。明らかに、僕が乗っている各停の走りが拙くて、後ろに渋滞を引き起こしている様だ。
このマイペースな走りをする各駅停車は急行に追い抜かれてからもそのペースを崩す事無く走り続けて、結局それは僕が下車する駅まで延々と変わることなく続いた。僕は元来“鉄っちゃん”の気質を持っているタイプの人間で、そのジャンルの人に違わず電車に対する好奇心がかなり旺盛だから、この各駅停車が何故そんな走りをするのか俄然興味が沸いてきて、下車する駅までの間に車内を一番前まで歩いていって運転席を確認しようとしてみた。
先頭車両の一番前まで行くと、夜だから運転席と客室を仕切る窓にはカーテンが降りていて中を見る事は叶わなかったのだけれど、そこから聞こえてくる点呼の声(例えば“出発進行!”などの運転手が信号を見て発する声)が通常よりも明らかに大きくて、ああこれはまだ運転歴の浅い運転手がやっているのだなと想像した。一番前のドアから電車を降りて、そっと運転席を覗くとそこにはやはり若く緊張した面持ちの運転手と、恐らく教官役であろう年配の乗務員の姿が並んで見えて、これはもしかすると若い彼は今日初めてハンドルを握ったのではないだろうかと思えてきた。
電車は遅延しながら運行していたけれど、停車位置がずれる事も無ければ、荒っぽい運転で乗客が前後に揺さぶられる様な事も無かった。きっと運転している彼はもの凄く気を遣っていたのだと思うし、ダイヤが乱れてもそれを臨機応変に対応してスピーディーな運転をする事も出来なかったのだろうと思う。まだまだ、経験が足りなかったのだ。恐らく経験を積めば、少し遅れてきたらスピードを上げてブレーキを遅らせて、少しでも早い運転を心がけたりする事が出来るのだろうし、それで少しは運転が荒くなったりするだろうけれど、その範疇の中で乗客に掛かる迷惑を最低限に収めるバランス感覚だって身に付くのだろう。
けれど彼は新米なのだ、まだ青二才なのだ。運転席を覗いた瞬間、電車が遅れて少しイライラしていた僕は全く平静を取り戻して、逆に運転手氏に頑張れよと声を掛けたくなってしまう程の心持ちに変化していた。だって、僕も新米なのだ。12年間応援してきたけれど、ウラワがトップに立つ所をまだ見た事が無いし、勝利に酔いしれる経験やその後に待ちかまえる戦いの経験などまだした事が無いのだから。どうやって喜んで良いかも判らないし、その瞬間自分がどんな風になってしまうかも全然想像がつかない。運転手氏を馬鹿にする事など思いもよらないし、お互いに良い経験を積んで行ければ良いと思う。そんな良い経験ならば、いくらでもしたいと思う。
◇泰然自若◇ 11.14
目覚めると連れ合いは既に仕事へ出掛けようとしている所で、寝惚け眼の僕はいってらっしゃいと言葉を掛けようとするのだけれど呂律が回らずに変な発音の言葉を繰り出すだけで、そうする間に連れはそそくさと玄関を後にして僕は居間に一人になった。ぼうっとする頭をそのままに、僕はのそのそと冷蔵庫へと向かって、昨日買っておいた菓子パンを取り出してきてインスタントコーヒーと共に粗末な朝食を取った。粗末、と言ってはいるものの、食事に対して全く拘りが無い僕はこうしたジャンキーな食事を実は結構好いていて、多分放っておけば毎食コンビニのおにぎりでも文句を言ったりしないと思う。まあ、身体を壊すだろうけど。
休日だというのに珍しく9時前に起きてしまっていたから、食事の後にもう一度寝ようかとも思ったのだけれど、自分の身体に聞いてみるとそんなに眠くないという答えが返ってきたから、何をするでもなくパソコンの前に座ってネットサーフしたり、ぽかんと口を開けてテレビを見たり、そんな風にして無為な時間を過ごしていた。あれもしなくちゃ、これもやらなくちゃ、とか頭では考えてみるものの、やっぱり身体はついてこなくて一旦椅子に腰掛けると数時間は根を張ったように動かなくなるのは僕の休日のあるべき姿で、これがストレス解消になるのだから人間解らない。
自称サポーターがそんな一日を過ごしているのを横目に、ウラワは福岡まで遠征していって天皇杯を戦った。テレビ中継すらないからネットで逐一情報を仕入れつつ状況を伺っていたのだけれど、当然の様にウラワは勝利を収めた、らしい。現地に行っている知人から何度かメールが来ていて、前半はそれなりにホームチームに押し込まれていた様子で、それでも後半3点を奪ってきっちり勝つ所に、ウラワの進化が見られる。エメルソンがいなかろうと、他のJ1チームが続々と負けていようと、2年連続で4回戦負けしていようと、今年のウラワには関係がなかったらしい。
泰然自若、この言葉が今ほど当て嵌まる時は無い。どんな相手がやってこようとも、困難な闘いが待っていようとも、今のウラワは自らを信じて戦うのみ。僕も負けずに毎日をそうして乗り切りたいなと思う。まあ、こんな怠惰な一日を暮らしている奴がなにをかいわんや。
◇休日の正しい過ごし方◇ 11.13
何でだか解らないのだけれど急に沢山の仕事が一度に降りかかってきて、それを右へ左へとかわそうとするのだけれど当然の如くそれは叶わず、ここ数ヶ月なかなか自分の時間が取れずにいる。だからここに文章を書いたりする回数も自動的に少なくなって、それに伴いウラワの事を考える時間も減りつつある。それが理由かどうかは解らないけれど、ウラワがリーグ戦で快進撃を続けて次節にも優勝を決めようとしている事もあってか、勝利を追い求める切実なまでの思い、という様なものが僕の心の中から徐々に希薄になりつつあった。と言うより、ぼんやりとしたものになってしまっていた。もしかすると、強くなったウラワに対して、どんな気持ちで接すれば良いのか解らなくなってしまっていたのかも知れない。
今日は久しぶりにゆっくりとできる休日になったため、僕は連れと共にウラワへと向かった。一つは知人に会うために、もう一つはボルテージに行って買い物をするために。ただ、それだけの理由で出掛けただけで、それ以上のものは無い筈だった。しかし、久しぶりに訪れたウラワの街は、そこで見るウラワに住む人々は、圧倒的な無言の力を持って襲いかかってきて、ぼんやりとした面持ちの僕は、それはおおいに打ちのめされた。何気なく尋ねた須原屋の店頭に堆く積まれた赤い表紙の雑誌や書籍、それに群がるウラワの住人達。商店街を行けば、すれ違う人々の手にはレッドボルテージの紙袋が提げられていて。勿論これが極めて普通の、いつも通りのウラワの光景なのだ。ウラワはこうした毎日を、当たり前の様に12年間続けてきた。頭では理解していたのだけれど、この事実を目の当たりにして僕は頭から冷や水を浴びせられたような気分に陥っていた。
ウラワの試合は全てが特別で、大事なもの。こんな基本的な考えを、僕は少しの間失ってしまっていたみたいだ。今まで応援してきて、漸く欲しかったものが目の前にぶら下がってきた時、それが想像したよりも簡単に手に入りそうになっているから、僕は舞い上がっていたのだろう。ウラワから離れた町に暮らしている事も、それに拍車を掛けた。ネットやテレビや雑誌や、色々な媒体でウラワの情報は即座に伝わってくる。特に最近はリーグを突っ走っているからメディアに取り上げられる機会も増えて、選手のインタビューなども良く見られる様になったし、数年前では考えられない程ウラワの情報は豊富に、容易く、手に入れられる様になった。ただ、今日ウラワの街で感じ取った感覚はそれらの情報やスタジアムでも得られない種類のもので、ウラワというフットボールクラブが如何にその街にとけ込んでいるかという事を思い知らされて、そうして僕は大丈夫だという気持ちになった。
僕の様に勝利を眼前に据え置かれて舞い上がってしまい、気持ちが錯雑してしまっている人が他に居るのかは解らないけれど、少なくとも僕はこの数週間戸惑う気持ちが間違いなくあった。目指すべきものが、こんなに簡単に手元にやって来てしまって良いのだろうかとか、勝ち続ける事によって生まれる弊害だとか、考えなくて良い様な事ばかり頭の中に浮かんでは消え、嬉しいのは勿論なのだけれど上手く喜びを表現出来ずにいる自分を腹立たしく思ったりしていた。しかし、そんな思いも今日で全てが晴れた。
ウラワは簡単に勝利を手にしようとしている訳ではないし、もはや早いなどという表現は当たらない。勝ち慣れないサポーターの宿命で少しは戸惑ったりも舞い上がったりもするのだろうけれど、そんなのは些末な事。少しばかり遅かったのかも知れないが、ウラワという街が大切に手塩に掛けて育ててきたフットボールクラブが、今まさに大空へ向かって羽ばたこうとする時。ギドの手に掛かっていきなり結果が出た様に見える今年のチームだけれど、本当はそんな事は無くて、クラブが創設された時からウラワの街全体でバックアップしてきた結果が、漸く結実しようとしているだけなのだ。それが今日、痛い程実感出来た。ウラワは、そんなに甘っちょろいものではない。少しの事ぐらいでその誇りがぐらつく様な事はない。それが身体で感じ取れたから、もう僕は何も考えない。一心不乱に、ウラワが勝利を得られるべくサポートをするのみ。結局、物事は単純だ。
そうして単純な僕は勢いづいてボルテージへと向かい、真っ赤に染まったグッズ群を見るやいなや財布の紐がゆるゆるとなって、あっという間に浦和レッズへお金を沢山落として帰ったとさ。

◇適当に◇ 11.10
ほっと一息。今の正直な心境は、そんな所。悪夢のような水曜日を潜り抜け、我らがウラワは厳しい清水との戦いを制して目指すものへまた一歩近づいた。一週間で3試合を戦う強行日程と、それまでに積み重ねられた疲労によって、選手達は身体のあちらこちらに不具合が出ているだろうし、そういった意味で今の時間は貴重だと思う。サポートをする僕も、連戦の影響か喉の調子が思わしくなくて、漸く今日になってまともな声が出るようになってきた。
人の集中力がどれだけ長続きするのか僕は知らないけれど、先週一週間は明らかに普段より高い集中力を持ってウラワは戦ってきた感じがするから、コンディションを整える良い機会だと捉えて次なる戦いに力を蓄えたい。気を抜く訳ではなく、英気を養うため。ウラワの戦いは、次の福岡で終わる訳でも無ければ、駒場で終わる訳でもない。確かに優勝が目の前に近づいてきて、高まる気持ちは自分でも押さえられないのだけれど、恐らくその感覚を保ち続けたりすると駒場での試合が終わった瞬間いきなり気が抜けて腑抜けになりそうで恐い。あくまでも、そこは通過点なのだ。
12年目にして始めてだからだとか、駒場で決まりそうだとか、感慨深いとはこの事を言うのだろうしそれも解るのだけれど、やっぱり目指すべきものはもっと高い所だと僕は思うし、そうあって欲しい。当たり前の様に駒場で勝って、当然の如く次の戦いを制する。今のウラワはそれだけのクラブになっているのだし、世界へ飛び出していく為にはまだまだやるべき事は五万とある。
これだけウラワが強くなってきたから、いよいよ周辺に与える影響も大きなものになってきた。観客動員は順調に増えてきているけれど、その分今まで見てきた人達とはまた違った感覚を持ったお客さんがスタジアムに見られるようになってきていて、それによって軋轢が生じたりジレンマを感じたりする機会が増えてきた。まあ、それは強くなれば当たり前の様に通らなくてはならない道であり、今後その傾向はより強くなっていくだろうから、旧来のサポーターは理解し、我慢し、教授しなくてはならないと思う。辛抱強く、ひたすらに。
面白いもので、チームが勝ち続けていてもスタジアムでは問題が起きるのだ。負けている時の様な、ネガティブで発展性の無い問題とは少し違うかも知れないけれど、逆に表面的な問題だけに根は深いのかも知れない。ただ、こうした状況を打破するために一人一人が考えて行動して、そうする事がサポートをまた一つ上の所へ導いてくれるのだろうし、それはチームが強化されていくのと同じ種類の事。
僕はウラワに対して誇りを持っている、と一口に言った所でその“誇り”という言葉に対する感覚は人それぞれ異なる訳で、今までのクルヴァはある程度近い感覚を持った人達が多数を占めていたのだけれど、これからはそうでは無くなる。だからきっと、僕らはウラワを勝たせる為に何をすべきか考え続ける事が必要なのだろうし、そうしていく過程でまた“誇り”が共有出来る様になるのかも知れない。少なくとも、僕に出来る事はゴール裏で張り裂けんばかりの大きな声でピッチへ声援を送る事だけで、それはいつまでも変わらない。
うだうだと書き連ねてはみたものの、やはり久しぶりの更新だと何を書いているのか自分でも解らなくなる。上手く一息つけたら、応援も更新もきっちりやりますので、何卒ご容赦を。
◇えー、◇ 11.7
誠に勝手ながら、管理人多忙につき、暫く更新をお休みさせて頂きます。何卒ご了承下さい。
◇2004ナビスコカップ決勝◇ 11.3
負け戦だったから普段よりぐったりと疲れた帰路途中、いきなり空腹を感じて、そう言えば朝の並びでおにぎりを食べてから何も口にしていない事に気づいて自宅近くの中華料理屋へ入った。連れと二人、残念だった今日の試合を振り返りながら運ばれてきた料理を貪り食ったのだけれど、自棄になっていたのかと言われればそんな事は無いと思う。去年の決勝後の方が余程暗かったと思うし、それはオフトが辞任を発表してしまったからで、今年はそんなネガティブなニュースは無くただ単純に「PK戦を落とした」だけなのだから。
ジャーンが退場になった時、何だか嫌な予感はしたんだ。昨年のとても蒸し暑かった西京極で行われた京都戦、前半の早い時間で手島がピッチから去った後、ウラワは引きこもる京都を相手に攻めきれず引き分けに終わってしまった。そのシーンが僕の頭をよぎり、頼むから何とか1点取ってくれと、喉が潰れるのも構わないという気持ちで声を出し続けた。それでもウラワに得点シーンがやって来る事は終ぞ無かったし、まあこんな日もあるさ。
ウラワの攻撃はどうしてもドリブル突破からの崩しが多いから、相手が引いて守ってバイタルエリアのスペースが無くなると手詰まり感に苛まれるのは元から判っている事。今日は相手が早い時間に10人になってしまったから、殆どというか全く攻撃の事を考えずに守りきろうとする意志が明確になり、いつも以上に攻撃陣は大変だったと思う。それでもウラワは後半になると山田と永井のポジションを変えて、中央から攻めるよりもサイドから崩す事を目指した様で、結果普段あまり見られないクロスからのヘディングシュートが数多く見られる様になった。後半終了間際、達也のシュートがクロスバーを叩いた時に、僕は今日何度目か判らない頭を抱えるポーズをしながら、それでもウラワの次なる攻撃パターンが出てきた事に少し安堵し、これだけ決定機を得ながら決められない試合だから何があってもおかしくないとも考えていた。
結局、自滅とも言えるし相手が良く守ったとも言えるし、カップ戦らしい試合だったんじゃないだろうか。瓦斯にタイトルを持って行かれたのは頭に来るけれど、自分たちが取れなかったのだから仕方がない。僕らにもう少しだけ経験があれば、もう少し余裕を持って試合をコントロールする事が出来たのだろうし、冷静に得点を奪う事が出来たのだろう。それが出来ないのが今のウラワなのであって、今日の結果を受け入れて更に切磋琢磨し、どこのクラブも追いつけない高みにまで成長して行けば良いだけの話だ。
正直、今だって負けた気がしない。圧倒的という言葉でも足りないくらい攻め続け、コーナーに追い込んでガードの上からパンチやキックを何度も繰り出すのにダウンを奪えない。攻め疲れて休んでもカウンターパンチすら相手から出てこないし、また殴り始めると相手は顎を引いてガードポジションを全く崩さず。格闘技だったら間違いなく優勢勝ちなのだろうけど、ウラワがやっているのは残念ながらボクシングでもK1でもなく、フットボールなのだ。悔しいけれど、今日はその悔しさを甘んじて受け、成長の糧としたい。そうしなくてはならないと思う。
僕がウラワに対して持つ“誇り”は、この結果をもってしても全く揺るがない。啓太のコメントが選手達の気持ちを全て代弁していると思うし、それは僕も同じだ。勝利を掴む事は出来なかったけれど、カップ戦の決勝であれだけ力の差を見せつけられる事はなかなか無い。勿論、負けという結果はどこまでもついて回るのだけれど、フットボールクラブはカップ戦だけを戦っている訳ではないし、次の試合はもうすぐそこに迫ってきている。ウラワの力を証明する為に、残ったリーグ4試合を全て勝たせてやろうじゃないか。
食事を終え帰宅すると、僕はすぐに布団へ倒れ込み眠りについてしまった。まだ時計は7時前だったのだけれど、やっぱり疲れていたのだろう。目が覚めると午前4時過ぎで、都合8時間近くも寝てしまった事になる。選手達の方がもっと疲れているだろうし、気持ちも少しは落ちているだろう。暢久と達也は、試合終了後ピッチに倒れ込んでいた。気にするな、といってもそれはとても難しいだろうけれど、みんな解ってるから。
◇さあ◇ 11.2
明日に備えてよく寝よう! 最高のサポートは、最高のコンディションで!
◇戯れ言◇ 11.1
もしかすると、今頃他のクラブ関係者は戦々恐々としているかも知れない。どこのフットボールリーグでも選ばれしクラブのみにしか許されない「リアル・レッド」を身に纏い、動員力・ビジュアル・応援どれをとっても他に圧倒的な差をつけて屹立するサポーターを持ち、そして日本一厳しく暖かいホームタウンを持つクラブが、遂に本当の意味での力強さを身につけて躍進を始めてしまったのだから。ウラワがリーグを突っ走れば突っ走る程、それ以外のクラブに関係する人達は歯ぎしりを繰り返し、時には羨望の眼差しを送ってくるかも知れない。
でもまあ安心して欲しい。ウラワがリーグをひた走り、カップ戦の王者になり、それは一時的には他クラブに対してプレッシャーを与える事になるのかも知れないけれど、あくまでそれは一時的なものだ。何故ならウラワという、フットボールクラブに於いて勝利以外に必要な要素の殆ど全てを兼ね備えているクラブが勝つという事が、どれだけその所属するリーグに対して恩恵を与えるのかを考えれば解る事だ。
単純に考えて、どの程度の日本人がJリーグを生観戦した事があるのだろうか。その昔、まだ釜本さんが現役だった頃に行われた、日本代表対スパーズの試合を国立競技場で見た経験のある僕の父親ですら、Jリーグを生で見た事が無い。彼はスポーツ観戦自体を好み、自宅の近所にあった野球場には僕も良く連れられて行ったものだけれど、そんな彼ですら日本フットボールの最高峰にあるリーグ戦を見に行こうという気持ちになった事が無いのだ。毎週の様にウラワを追いかけている僕にとってそれは考え辛い事だけれど、恐らく多くの日本人にとってJリーグはそこまで大きな存在になってはいないし、まだ一部の熱狂的な人達によって支えられているのだと思う。
日本のフットボールは野球に比べればまだまだメディアに対する露出度が低くて、毎週スタジアムへ通う様な一部のサポーターを除けば認知度も低い。毎日やっている野球と比較すれば気軽に「行ってみようか」という気持ちにさせる要素も少ないし、恐らく少しだけ他の娯楽に対して敷居が高い感じがするのだろうと想像する。だけど、一度でもウラワの試合をスタジアムで見た事がある人ならば、あの空間がどれだけ人に感動を与え、熱狂させる力を持っているか知っている筈。
ウラワが勝つという事は、それだけあの雰囲気がメディアに露出する機会が増える事につながり、結果的に今までJリーグに触れた事の無い人達が「行ってみるか」という気持ちになる可能性が高まると僕は考えている。そうなればしめたもので、今でも徐々にその勢力を増やしつつあるフットボール観戦人口が、また飛躍的に増大する時期に差し掛かるのではないかと思うのだ。例えばナビスコの決勝で、チャンピオンシップの舞台で、ウラワのフットボールが花開く瞬間を全国放送で見られたとしたら、それは大いなるJリーグの営業活動に他ならない。だから他クラブの皆さん、安心してウラワを突っ走らせて下さい。まあ、一度走り始めたら永久に止まらないけどね。
僕はJリーグがもっと日本国内で大きな存在になって欲しいと思っているし、ウラワがそれを可能にする潜在的な力を持っているとも思っている。どうしてそうした欲求が出てくるのかと言えば、それはただ“海外のフットボールを良く知っている”というだけの理由で不当に国内のリーグを貶める発言を繰り返す似非評論家連中(こうした輩は何時だって減らない)に対して一泡吹かせたいという気持ちがある。どれだけ沢山海外のフットボールを見ていたって、それは他人の庭で相撲を取る事から全く脱却出来ていないし、何が悲しくて努力を続ける自国のリーグを蔑まなくてはならないのか。だから、Jリーグが大きくなって行って、世界クラブ選手権に大手を振って出場出来る様になれば、有無を言わさぬ。
まあ、僕の心の中ではその「Jリーグのクラブ」に該当するクラブはただ一つしかなくて、こんな大それた事を書いてはいるけれど結局の所ウラワが大きくなるのを見たいだけなのだ。勿論Jリーグがどんどん進化して行って欲しいという気持ちはあるけれど、それも全てウラワが大きくなるための準備段階にしか過ぎない。そう、最も重要なのは「世界に輝くウラワレッズ!」
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