◇産みの苦しみ◇ 5.31


 駒場の空気を、埼玉スタジアムの空気を、もう随分吸っていない気がする。時間にすれば1ヶ月弱だけれど、僕にとってこの時間は余りにも長い。新潟戦を最後にウラワの試合から遠ざかっている僕は、この1ヶ月間で急成長を遂げたチームを肌で感じる事もなく、本来ならばこの目に焼き付けた筈の風景は、テレビを通した、とても制限された映像のみでしか記憶に残っていない。サポーターにとって、チームと一緒に成長できるというのは一番の喜びであるし、それを体感出来ない時間がこれだけ続くと、何となく取り残された気分になる。

 こんな状態でウラワの事を書いていても、中途半端な、言ってしまえば嘘を書いている様な気分にもなり、徐々に書く事が躊躇われるようになってしまう。そう言えば、僕は大分戦で行われた静観の時も現場に居なかったし、厳しい戦いを強いられた日本平にも、闘莉王が初見参した広島にも、僕はその場に居る事が出来なかった。啓太が与えたペナルティーキックも、実際に見る事は出来なかった。

 これでも一応サラリーマンとしての職務を全うした上で、出来る限り参戦出来るように努力している積もりだ。何とかウラワの戦いを追いかけ続けたいという欲求は、売る程にある。現場で感じるものの全てに意味があると信じているし、出来る限りそうしてきた。自分の生活をなげうって、とまでは行かないけれど。だから、こんな時間が続くとフットボールとの関連性が風化してしまうと思うから、ウラワに行けなくても味スタや等々力に行くことでお茶を濁し、何とか自分とフットボールを繋ぎ止めておきたかったのだ。

 しかし、それは余り大きな効果が無かった。やはりウラワから離れる時間が続けば続く程、僕の心に生えているウラワという大きな柱が徐々に蝕まれていく。それを想う気持ちが強いからこそ、離れる事が僕の心を無に近づけて行くのだ。今日だって、こうしてPCに向かってはいるものの、何を書いたら良いかさっぱりイメージが湧いてこない。試合を観戦した直後なら、書きたい事がどんどんと溢れ出てくるのに、そういった感覚はウラワから離れる程希薄になっていく。丁度、ゴールを奪えないストライカーが、ホームランを打てない4番バッターが、スランプのどつぼへはまり込んでいく様に。

 グランドキャニオンの上と下くらいレベルの違う話だと思うけれど、山瀬も似たような気持ちだったのじゃないかと、勝手に思っている。どんなに相手を崩してフリーでシュートを放っても、何故だかボールはポストへ弾き返され、キーパーの正面へと飛んでいく。自分でそうなって欲しいと願い努力しても、結果として報われる事がない。正直、山瀬にとってはいつ嫌になってもおかしく無い様なシーンが、これでもかという位続いた。僕はその場面を少なからず目撃しているし、お願いだから彼が精神的な破綻を来さない様にと考えた事もある。

 しかし、そんな心配は杞憂だったらしい。ヴェルディ戦で、美しいヘッドでのゴールを漸く決めた山瀬は相変わらずの運動量でウラワの中盤を支え、大分戦ではまた見事に流麗なパス交換からゴールを奪った。彼のポテンシャルはまだまだ止まる事を知らず、産みの苦しみを味わった事によって、より高度な、一皮むけたプレーを僕らに見せてくれるだろう。山瀬と長谷部のキングたちは、今後もウラワの中盤を構成するとても重要なピースであり続けるだろうし、次なる高みへと突き進むのだろう。同じように産みの苦しみを体感している矮小な存在は、果たして彼と同じように脱皮する事が出来るのだろうか。


◇私信◇
 えー、昨日から左上にアンケートを設置しています。大した意味は無いですが、こういった小さな双方向通信が更新の大きな励みになります。よろしければ是非。

◇成長する男達◇ 5.30


 昨日の夜、大分との戦いを録画中継で見て、想像の域を出なかった僕の妄想が、もはや現実的になってきた感がある。

 一般に若い選手は、成長分を見込んだ評価をされる事が多い。やはりとても若い選手を多数抱えた今年のウラワも、開幕前は同様にそんな評価だったと思う。調子に乗れば手が付けられないけれど、一旦ペースを乱されると引っ張っていくベテランがいない為に、なかなかベストのパフォーマンスを取り戻す事が出来ない。ステロタイプのそんなレッテルも、新人監督を迎え入れた事も含め、正直僕は仕方がないと思っていたし、若い集団であろうとも経験を積む度に成長していくのだから、それを待とうと考えていた。

 しかし、この数試合で見せたウラワのパフォーマンスは、代表や怪我人でスタメンが大幅に入れ替わろうとも、殆どレベルを落とさず戦えるチームとしてのパフォーマンスは、経験の蓄積が想像よりも早いペースで進行しているのでは無いかと勘案させるものだった。今年のウラワが経験している選手の離脱は例年よりも数段多く、他チームと比べても少ないとは到底言えない。そんな苦しい筈のやりくりの中、チームは明らかにパフォーマンスを向上させ、常に戦える状態になってきた。大分戦で解説をしていた大将は、事も無げに大分との差を「選手層」と言い切っていたけれど、見ていれば誰にでも両チームの選手間に埋めようの無いレベルの差を感じただろうし、またウラワはその差を存分に生かせる様になってきた。

 開幕当初は全くと言って良い程見られなかったチームの連動性は飛躍的に向上し、昨日の1点目は山瀬・長谷部・永井の間でツータッチ以内のパス交換が続けられ、最終的に長谷部のスルーパスから山瀬がきっちり押し込んだ。啓太・酒井を中心とした中盤のディフェンスも機能性が上がり、プレスのタイミングも非常に良くなってきている。闘莉王の加入で安定感を増したディフェンスラインは、彼が抜けてもそれ程レベルを落とさずに仕事が出来る事を証明してみせた。後半の半ば過ぎには、向かってくる大分をかるくいなす様なパス回しを軽々とやってみせた。僕は市原戦から生で見ていないのだけれど、たった3試合の間でもチームは目が回る程の早さで進化してきている。

 まだまだ安心する時間では無く、これからの事を考えなくてはならない方が多いのだけれど、それでも昨日の試合はウラワの今後を考える上でとても重要な意味を持つと思う。元々、選手のポテンシャルは軒並み高いのだ。若いからパフォーマンスを十分に発揮出来ない時間があったり、戦術的な不徹底からチームがぎくしゃくする事もあったけれど、それは徐々に収縮しつつある。若さが持つ、とてもポジティブな“成長”という言葉が、今のウラワにはばっちり当てはまるのではないか。

 代表に幾人もの選手を送り込めるレベルの高い、とても若い選手達。そして彼らをコントロールする、監督としてはまだ若いウラワの英雄。両者とも、自分の持つ限界を未だ知らず、その未踏の地を目指して伸び行こうとしている。それらが上手くシンクロすれば、ウラワはグランデを名乗る事が出来る様になるのだと思うし、それが近い将来の事だと夢想していた僕の単純な脳細胞の中では、既にそれが夢想から現実へと変化しつつある。

◇等々力と携帯と◇ 5.29


 目覚めると、予想以上の陽光が部屋へと侵入してきていて、何となく寝ているのが惜しくなって布団から這い出る。今日大分で行われる予定の試合は、遠すぎるため日程が決まった時から行かない事にしていたから、テレビ観戦の予定を組んでいた。しかし、準備不足の最たる例として僕は存在する。ネットでテレビ番組表を調べて、今日の試合が録画でしか見られない事を当日になって知ったのだから。その事を嫁に告げると、「じゃあ、天気も良いしフロンターレの試合でも見に行こうか?」等という予想もつかない答えが返ってきて少しばかり驚きはしたものの、徐々に進行しつつある“我が家フットボールマニア化計画”が染み渡ってきているのを実感した僕は、即座に今日の予定を決めた。

 等々力競技場は、僕の家から電車と徒歩で20分程度の距離にある。まさに、娯楽としての観戦には全くもってこいの立地だ。試合の内容はこのサイトに相応しくないから適当にうっちゃるとして、今日はフットボールの違う楽しみ方を知れた一日となった。まず、試合開始が14時なのに、家を出たのが13時20分。キックオフ直前にスタジアムへ入り、難なくメインスタンドへ席を確保出来た。いつも当たり前の様にやっている数時間前からの並びでは考えられない事だし、確かに観客は1万を少し切る程度しか居なかったけれど、こんな緩い観戦があっても良いかなと思った。

 ピッチでは、復活したマルクスを含めた川崎のブラジルトライアングルが面白いように仙台ディフェンスを引っかき回し、立ち上がり早々にそのマルクスが得点を奪う。その後も一方的にフロンターレが攻めて、前半終了時点で3−0となってしまった。仙台は相手陣内でプレーする事すらままならず、前半途中でシルビーニョが引っ込められるなど、バタバタした展開に終始していた。サポーターはかなりの人数が来ていたし、数では川崎の方が多かったけれど、決して声では負けていなかったから、チームの不甲斐なさがとても悲しく映った。

 後半になって、仙台が財前を投入すると多少ボールをキープ出来るようになり、その財前のミドルシュートで仙台が1点を返す。やっぱり彼だけは動きの質が違うし、天才と呼ばれたのは嘘じゃないな。1点を奪って仙台が盛り上がりかけたのもつかの間、今度は我那覇のシュートを高桑が目測を誤ったのか、おかしなポジショニングであっさりとゴールを許してしまう。これにて試合はほぼ終了、僕らはメインスタンドを後にしスタジアムの見学をする事にした。

 等々力はメインからゴール裏、バックスタンドまで全て通路で繋がっていて、J2だから指定席も存在せず、好きなところへ入っていける。サポーターは基本的にバックスタンドの端に陣取るのだけれど、明確な境界が無いからバックスタンド中央あたりで仙台と川崎のサポーターがリアス式に入り交じっていて、少しばかり恐い。川崎サポーターの辺りは、3点をリードした余裕から楽しげな表情ばかりが見受けられて、皆声を揃えて歌っている。しかしそこを通り過ぎて仙台サポの辺りへ差し掛かると、今度は一転明らかに空気が重くなってきて、必死に選手を鼓舞する声と罵声が混じり合った非常に険悪なムードが漂っていた。ここに居るのは余りにもきついから、僕らはさっと踵を返し川崎側へと舞い戻る。

 そうこうしている内に試合は終了し、川崎の完勝で幕を閉じた。スタジアムに残っている意味も無い僕らは早仕舞で等々力公園を抜け出し、中原街道を歩く。道すがら、まったりとした観戦も楽しいねなどと下らない話しを嫁としながら携帯をおもむろに取り出し、ウラワの状況確認をする。酒井のゴールで3−0!。ついさっきまで、のんびりとした感覚を保ち続けていた僕ら二人の感情は瞬く間に大きな抑揚を描き出す様になり、何度も携帯端末に映し出される画面を注視し、更新のリンクをクリックし続ける。試合中殆ど声を発する事もなかった二人が、歩きながら揃って携帯の画面を見つめ、その度に奇声を上げる。生で見るフットボールよりも、小さなフォントで表示される無機質な情報に、より感情がこもる。やっぱり。

◇発見◇ 5.27


 余りにも雑然とし過ぎた渋谷で酒を飲み、したたかに酔う。ウラワの試合から遠ざかっていたからか、鬱積した不満を少しでも解消しようと、いつもよりも少しだけ多めの量を飲んだ。千鳥足とまではいかないものの、店を出てからは覚束ない足取りで駅までの道のりをふらふらと歩き、何となく薄汚れた空気を感じながら、それでも活力のある街を抜けて東横線のホームへと向かう。

 終電車の数本前、意外に空いた車内に少し驚きながらドアの側にある手摺りにもたれ掛かる。酒量が多かったからか、頭がぼうっとする感覚をかなり強く感じていたけれど、無理矢理に鞄から一冊の本を取り出し読み始める。気鋭の作家、ある書評では今年一番の“発見”だと言われる作家の小説は、やはりそれなりに面白い。移動の途中、少しでも読み進めたいという欲求が、酔って眠りたいという脳の訴えを上回った。降りる駅までの間、僕はずっとその本を読んでいた。

 家に着くや否や、着替えるのもそこそこに僕は布団へと倒れ込んだ。風呂に入らなかった事を少しだけ悔いたけれど、襲ってくる怠さと眠さに太刀打ちする精神力は毛頭無く、すうっと眠りに落ちていくのを何もせずに受け入れようとしていた。そこではたと気づき、薄れていく意識を覚醒させテレビの電源を入れる。何とか今日世間を騒がせたニュースを見てやろうと目論んだのだ。でも、決まって日常は平凡なものだから、テレビに映し出された映像に取り立てて見るべくものは無くて、やっぱり僕は数分後完全に落ちた。コンタクトレンズを外すのも忘れ。

 誰だって、睡眠を途中で阻害されて気分が良い筈がない。騒がしい音と光に、仕方なく目を開けて時計を見ると、午前5時を少し過ぎたあたりだった。僕を目覚めさせた要因は消し忘れたテレビであり、外し忘れたコンタクトレンズのズレだった。眼球が痛み、そのままでは眠れないから仕方なく重たい体を引きずる様にして洗面台まで行き、レンズを外して布団へと戻る。まだ点けっぱなしになっていたテレビでは、何故だかフットボールの試合が繰り広げられている。何でこんな時間に地上波でフットボールをやっているのか理解するまで数分を要したけれど、そこに見えるのがチャンピオンズリーグの決勝だと気づいてからの僕の動きは速かった。

 いそいそと布団の脇に置いてある眼鏡をかけ、全く足りていない情報を求めてテレビの画面を注視する。得点はポルトが1点をリードしている様だけれど、試合時間が表示されないから今どの段階にいるのか判らない。見ている限り、ポルトのプレスがとても早く、全員が統率されたディフェンスを繰り返しているから、恐らく前半なのだろうと察した。そうか、ポルトは早い時間に先制したのだな。

 しかし、少し経って実況が耳で聞き取れるレベルにまで脳が回復してくると、実際は違うという事を知った。試合は既に後半20分を過ぎていて、モナコのジュリが怪我で退場してしまったという事も。そして、僕の頭はどんどん明瞭になっていく。目が覚めたというよりも、目を見開かされたのだ。劣勢を予想されていたポルトが、目を疑う様な高いレベルのプレーを続けている。モナコがボールを持っても、一糸乱れぬ、余りにも統率され組織だった3ラインがプレスを掛けて簡単にボールを奪う。一躍ヒーローに躍り出たモリエンテスも、極めて美しいラインディフェンスにオフサイドの山を築く。ジュリが居ないからかは判らないけれど、モナコはポルトの組織に手も足も出ない。

 圧倒的に組織で相手を上回るポルトが、そうこうしている間にカウンターのチャンスを得て、デコがそのチャンスをあっさりと決めてしまう。ボールを奪ってから見せた攻撃の早さ、美しさにただ溜め息が出るのみ。数分後、またもやカウンターから今度はアレニチェフが冷静にゴールを奪う。試合は決した。

 モウリーニョに率いられた若いチームは、想像を絶する完成度を持っていたし、タレント不足という前評判はやはり無意味なものだった。ポルトは、チームの意志をはっきりと表現できる力を持っていて、モリエンテスやロテンというタレントを持つモナコを総合力で上回った。こんな試合を見たのは、何時以来だろうか。ボスマン判決から十年弱、タレントの力量がチーム力を決める要素になってからこちら、これ程までに組織で勝負するチームが出てくるとは思ってもいなかった。ポルトの戦いぶりは、感動的ですらあった。日頃の不満をアルコールで発散し、それによってこの試合の前半を見られなかった事を激しく後悔した。

 試合が終わっても、体中に感じる脈動はなかなかおとなしくなってくれず、眠りにつくまで随分と難儀した。さっきテレビで見た光景は、果たして夢だったのかと思わせる位、ポルトのフットボールは美しかった。そう言えば、僕が電車の中で読み進めた小説も、夢の様なお話だった気がする。そんなストーリーを、何の無理も無く読者へ読ませてしまう新鋭の作家は、文学界にとって“発見”だったらしい。ただ僕にとっては、ポルトのフットボールこそが“発見”だと思い、その考えに自分が納得したあたりで、漸く僕は深い眠りに落ちていった。

◇老化・疲弊、そして若さの対比◇ 5.25


 チャンピオンズリーグに残った二つのクラブがモナコとポルトだったのは、果たして偶然の産物なのだろうか。レアルマドリーやACミランが想像も出来ない様な内容でトーナメントから消え、金に物を言わせたチェルシーですら、セミファイナルで涙を呑むしかなかった。ビッグクラブと呼ばれる彼らは、国内リーグやカップ戦で疲労を積み重ね疲弊し、チャンピオンズリーグを最後まで戦う気力を残していなかった。因みに昨年のベスト8を記すと、レアル・マドリー、ACミラン、マンチェスター・ユナイテッド、ユベントス、バルセロナ、アヤックス、インテルミラノ、バレンシアとなり、まあ何の文句のつけようもない陣容だった。それがたった一年の時間を経ただけで、大きなクラブは軒並み力を落とし、新しい力の台頭を許してしまった。

 試合数の増加で選手が疲労困憊し、フットボール市場の冷え込みがビッグクラブの並はずれた補強を押しとどめたのは事実だろう。それによって、ビッグクラブのアドバンテージだった選手層の厚さが、徐々に薄れていってしまったのだ。ただ、それだけでは今年の状況は説明し難い。そこには、とても抽象的ではあるけれどその実とても実際的な言葉である、「モチベーション」という名の壁が存在していたのでは無いだろうか。

 ビッグクラブには、有名で力のある選手が多数在籍している。彼らは経験も豊富で、勝つことの味をよく知っているから、それが「勝者のメンタリティー」などと語られる事が多い。だけれども、その「勝者のメンタリティー」は、時として諸刃の剣となってしまう事がある。彼らは勝者となる喜びを体で理解していて、何度もスポットライトを浴び、高給を稼ぎ出す。ビッグクラブに居ると、そんなレベルの高い彼らでも、次から次へと繰り返される補強によって嫌でも競争原理に巻き込まれるから、日々安閑としてはいられない。勝利に酔っていても、それはほんのひとときの刹那的なものだ。次の日からはまた、自分のポジションを奪われないための、次の勝利を目指すための毎日が始まる。

 良くできた循環だった。しかしフットボールにも押し寄せた不況が、そのサイクルを少しずつ蝕んでいった。大きな補強が出来ないクラブは、弱点かも知れないポジションに新しい選手を当てはめる事が出来ないから、競争意識が働かなくなる。力が劣ると判っている選手でも、使わなければならない時間が増える。勝利を知った選手は、ポジションを争う競争が減り、少しずつ守勢に入っていく。日々、平凡に試合をこなす事が増えてしまうのかも知れない。目に見えない変化は、本当に少しずつだけれどしかし確実に、クラブを大きく揺り動かす。

 勝利の美酒を味わい、生活の基盤を築き上げた選手達の「モチベーション」を保っていたのは、やはり競争原理ではなかったか。コスタクルタが平気な顔をしてスタメンを張り、名も知れぬ選手がレアルマドリーのセンターバックに位置する。ビッグクラブとしては、あるまじき事だ。強大な壁の様に存在する筈だったビッグクラブのスターティングメンバーは、マンネリに陥り、気がつけば年を重ねすぎた選手達がそこかしこに見られる様になっていった。

 こうなると、勝者のメンタリティーだけでは勝ち続ける事が難しくなる。特に、ヨーロッパの様なレベルの高い国々が密集する地域の、チャンピオンズリーグの様な戦いでは尚更だ。老獪に、勝つための手段を良く知っているからといって、若く、猛牛のように勝利へ向かって突進する若いクラブを押しとどめる事は出来ない。多分、何十年も前から繰り返されてきた歴史なのだろうけれど、僕は今、丁度その岐路を見届けられる位置にいる。今後数年間、ヨーロッパのフットボールには大きな変革が見られると思う。戦術回帰か、それとももう一度バブルが訪れるのか。

 翻って日本。ウラワにとって、目の上のたんこぶの様な存在だった磐田と鹿島は、それぞれヨーロッパのビッグクラブ同様疲労の色が濃くなってきている。横浜の選手を見たって、若い力に満ちあふれているとは言い難い。今のウラワには、言うなればモナコの様な、勝利を渇望する若い力が、雨後の竹の子の様に伸びて来ている。スタメンの平均年齢は23歳と少々。勝者のメンタリティーを持たない、しかし若き伸び行く集団の未来を想像するのは、さほど難しい事ではない筈だ。

◇ゴール裏、クルヴァ、阿呆な僕◇ 5.24


 正直に告白すると、僕はほんの数年前まで日本のフットボールを馬鹿にしていた。テレビでしか見られないヨーロッパのフットボールを崇拝し、Jリーグのレベルの低さを嗤っていた。県民意識でウラワを応援してはいたものの、それはフットボールというよりもおらが村のチームという感覚でしかなかった。ウラワのゴール裏が見せる圧倒的なサポートに関しては、いつも凄いと思っていたし、それが目的でスタジアムに何度も足を運んだ。かといって自分からそのただ中に飛び込む勇気を持つことが出来ず、海外を持ち上げ国内を卑下する、精神のバランスを著しく欠いた情けない男がそこに居た。

 海外、それもイタリアやスペイン、イングランドなどのトップリーグを語っている方が格好良いと思っていたし、各国リーグの特徴やそのバックグラウンドの知識が増えるにつれ、その知識をそこら中にばらまいていた。少しでもフットボールに興味を持っている人をつかまえては、自分が如何に海外のフットボールに精通しているかを蕩々と語っていた。本当に、今考えると顔から火が出る程恥ずかしいのだけれど、当時はそれがお洒落な事だと思っていたのだ。

 今でも海外のフットボールは時間の許す限りテレビを通して見るようにしているし、Jとはまだまだレベルの差は大きいと思う。個人の能力もそうだし、戦術的にも戦略的にも、Jリーグの方が劣っている所を探す方が簡単だ。単純に、娯楽としてテレビでフットボールを見るならば、間違いなくスカパーで見られる欧州トップリーグの試合を見ていた方が、Jを見るよりも遙かに健全だろう。しかし、娯楽に留めておくには勿体ない程、フットボールは奥深い。

 そんな僕に変化をもたらしたのは、やはりゴール裏だった。それまで、バックスタンドか二階のSBでしかウラワの試合を見た事が無かった僕は、遂に数年前のある日、とある人との繋がりから、クルヴァでの観戦にこぎつける。クルヴァ初参戦のその日は、余りの緊張に試合終了まで足腰が持たず、翌日は体中が筋肉痛に襲われて全く身動きが取れない状況に陥り、喉は潰れかかって、3年分の風邪を一度に引いた様な声になってしまった。僕をクルヴァに導いた齢50を優に超える彼は、全く何て事の無かった様な風情で次の日も過ごしていて、僕は自分の無力さ、無知さを痛切に感じ取っていた。

 それでも、次の試合が来ると僕は真っ先にまた彼に連絡を取り、もう一度クルヴァでの観戦を願った。彼はそれを快諾してくれて、引き続き僕はクルヴァで精一杯の声援を送り続けた。この経験を起点として、僕の心の中身は大きく変貌していく。試合の度、クルヴァで飛び跳ね声を張り上げ、体力の続く限りチームを鼓舞し声援を送る事が、僕のウラワに対する考え方を根底から覆した。応援する毎に、大げさに言えばウラワに対する愛が深まっていくのが如実に判った。心からの応援をすればする程、僕にとってウラワがかけがえのないものになって行く。“好き”などという軽い言葉では、もはや表現のしようがない程に。

 今となっては、応援する対象のレベルが高かろうが低かろうが、そんな事は全く気にならなくなった。逆に、いくらレベルの高いフットボールをしていようとも、テレビの画面を通してしか見られない様なものに熱中していた当時の自分を、不思議に思う様になった。チームを想う事、クラブを愛する事、その心に余計なものは必要無い。気がついたのは随分遅かったけれど、フットボールに興味を持ってから約10年、漸くクラブを愛するという形を、少しだけれど理解できる様になったのだ。

 ちょっと大げさになってしまったけれど、ゴール裏に行くまでの間、僕はウラワの試合を見なかった訳では決してない。これでも結構スタジアムへは行っていたと思うし、“ウラワファン”とならば、いつでも言い切る事が出来た。ただ今の様な気持ち、はっきりとチームをサポートするという気持ちを持つに至ったのは、クルヴァで叫ぶ様になってからだ。

 人それぞれ、フットボールに関わるスタンスは千差万別だとは思う。バックスタンド、ゴール裏、メインスタンド、それぞれの場所で、それぞれの考え方でチームをサポートする方法は幾らでもある。ただもし、今ゴール裏に入るのを、恥ずかしいからという理由やちょっと恐そうという様な思いで躊躇している人がいたら、文句なく行った方が良いと断言できる。それは、ほんの少しだけれど僕の持つ経験だ。声を出し、自分が応援している事をリアルに感じられた瞬間、ウラワはより自分に近しい存在となる。

 ただそれは、自分の生活がよりウラワ中心になる事を意味しているし、それで仕事や普段の生活に支障を来しても誰も保証はしてくれないけれど。

◇結果と内容◇ 5.22


 祖父を見送る、二日間に渡った法要は恙なく終了した。会葬の方々と親類縁者を見送ると、僕は家路を急いだ。家に帰り、仏間に位牌と遺骨を丁寧に配置し、葬儀場から持ち帰った生花を適宜飾り付けてから、仏壇の両脇に盆提灯を据え置く。一通りの設置を全て終え、線香を上げてこの二日間を締めくくる。忙しく動き回ったこの二日間は、漸く終わりに近づいた。ただ、これとは全く関係のない事だけれど、僕にとってはとても重要な事が一つだけ残っていた。

 仏間での仕事を終えると、僕は慌ただしく居間へ移動してテレビの前へ。そうそう、勿論我がウラワがミドリムシを撃破する所をこの目に収める為に。流石に味スタへ駆けつける暴挙は思いとどまったものの、テレビで見られるのならそれを逃す手はない。サイトタイトルの通り、僕は「ウラワマニア」なのだ。無理矢理家族を巻き込み、葬儀の疲れを癒す間もなくその場はスタジアムと化す。

 市原戦を見ていない僕にとって、ミドリムシ戦はかなり久しぶりに見るウラワの試合だ。場所はリーグ戦で勝利した事のない、調布は味の素スタジアム。ここ5試合、ウラワは3勝2分と負け無しで来ているものの、明確なチーム戦術は未だ遠くに霞んでいる。ミドリムシがボールキープする時間が多くなるだろうという試合前の予想は、殆どの時間当てはまっていた。ウラワはポゼッションをなかなか上げられず、主体的に試合をコントロールする事が出来ない。ボールキープ率だけを取り上げてそれが試合を支配している事になるならば、この試合はミドリムシの圧勝だった。それ程、ウラワは相手にボールを持たせていた。

 前半、達也が先制ゴールを奪ったあたりまでは、殆ど互角の内容だったと思う。ポゼッションも変わらず、お互い慎重な試合運びを見せていた。ただ、闘莉王のフリーキックから、達也の珍しいヘディングでのゴールでウラワが2点をリードすると、遅きに逸した感はあるもののミドリムシのエンジンが漸く始動する。3バックとは名ばかりのミドリムシは、中央のイ・カンジンを残してサイドのストッパーが積極的に前線へと進出し、数的優位の形を何度も作る。同じく3バックのウラワは、2トップの片方までが中盤へ下がり、何とか相手のボールを奪おうと必死に守る形が多くなっていく。前半の終了間際から後半の15分頃まで、この形は延々と続いた。僕は既視感を感じていた。

 去年のセカンドステージ終盤、駒場でのミドリムシ戦も同じような形だった。エメルソンの2点で先行したウラワに追いすがり、ミドリムシは長い時間ボールキープし、後半の25分までそれを続けてついには林が1点を返した。この日も、どこかで見たようなシーンの連続で、セットプレーからウベダに決められてしまう。あれだけキープされ、しかも失点を喫してしまったのにも関わらず、何故だか僕は余り嫌な予感を持つことが無かった。それは去年、失点の直後に山瀬のスーパーゴールで突き放す事が出来た経験があったからだと思うし、結局今年も山瀬が突き放した。出てきたばかりの岡野が、ファーストタッチで上げたクロスボールによって。ピッチに居るウラワの選手達は、その殆どが去年の試合を経験している。その経験が、どれだけチームの力になっただろうか。

 ミドリムシには抽象的な表現である“決定力”が“決定的”に欠けていて、ウラワは決定力が飛躍的に向上している。それがエメルソンや達也にもたらされているのは間違い無いけれど、だからといってそれがウラワを否定する事には繋がらない。逆に、今までずっと靄が掛かっていた自分の考えに、今日少しだけ光明が差し込んだ。磐田や鹿島が、どんなに酷いゲーム運びでも最終的に勝ち点を奪っていく姿を見てきて、何が理由なのか正直なところ正確には理解出来なかった。それが、昨日の試合で朧気ながら見えてきた気がするのだ。試合を決するのは、ポゼッションでも無ければ、華麗なパス回しでもない。ただそこに存在するのは、得点だけだ。

 勿論僕だって、もっと美しくコントロールされたパスゲームを見たいという欲求はあるし、あんなに支配率で劣る試合を見たい訳が無い。ウラワはもっと向上出来る筈で、その伸びしろは大きいと思う。やらなくてはならない事も沢山あるだろう。それでも、僕は昨日の結果を大事にしたい。勝ち続ける事でしか学び取れない事もまた、沢山あると思うから。

 内容でまだまだと思わせながらも、きっちりと結果を出せる様になってきているウラワ。良く考えれば、これは悪い事じゃない。内容で圧倒し、素晴らしい試合を展開して勝つのは不思議でも何でもない。逆に、押し込まれる時間帯が多くあり、尚かつチームとしてもまだまだだの内容でありながら、結果を出すというのは並大抵でない。勝負を分けるのは、得点を奪い、失点をしない為のディテールであって、ウラワはそれを学んでいる最中だ。味スタでの初勝利。こんな嫌なジンクスは、勝つことでだけ払拭される。

◇それでも、手抜き以外に表現する方法はない。◇ 5.20


 ここ数日、身内に不幸があってバタバタしている。ウラワの試合を見る事が出来ず、本を読む事が出来ず、インプットが減って、アウトプットが困難な状況にある。だから、今日は何も書けない。何も表現出来ない。まあ、そんな日があったって良いじゃないか。毎日が平坦だったら、きっと人生はつまらない。

◇怪我◇ 5.19


 チームの中心であり得点王であるエメルソンが肉離れで離脱してしまったから、嫌でもそこへ注目が集まるのは仕方がない。ただ、少しばかり危惧しているのは、エメの怪我によって周囲の選手への負担が強まる事。エメ抜きでのチーム構成だと、得点を奪う為の中心的役割は達也という事になるだろうし、前線でボールの預け所が減るからどうしたって長谷部へのチェックは今まで以上に増えるだろう。既に達也は足首を痛めて何試合か休んでいるし、長谷部も試合中に削られてのたうち回るシーンが増えている。第二のエメが出てきたって、何らおかしくない。

 彼ら二人に限らず、ウラワにはドリブルが好きな選手が多く、その力を最大限に生かそうとする余り、どうしても一人の選手がボールを保持する時間が増える。磐田の様に、相手の眼前でポンポンとパスを回す事は出来る程戦術的にも練られておらず、相手のチャージを受ける回数も必然的に多くなってしまう。特に前線の選手は、切れ味鋭いドリブルで相手をきりきり舞いさせるのと同時に、怪我への恐怖が表裏一体となっている。

 エメが抜け、達也は相手にとってはマークしなくてはならない選手の筆頭になり、その次点には長谷部が入るだろう。特に達也は五輪もあるから、彼がファールを受けてピッチに突っ伏すシーンを、何度も目にしなくてはならないかも知れない。長谷部も、今のウラワが攻撃を組み立てる段階で必要不可欠の存在になっているし、彼無しでボールを前線に運ぶのはとても難しい。相手からは間違いなく狙われる。サポーターとしては心配の種は尽きない。

 ただ、そんな今だからこそ、彼らには相手ファールをいなす技術を身につけて欲しいと思う。強靱なフィジカルを持って欲しいとも。ちょっと陳腐な比較だけれど、ボローニャの中田英寿の様なフィジカルコンディションを。

 中田は間違いなく、日本人ではトップレベルの強靱なフィジカルを持っていて、怪我にも非常に強い。若くしてイタリアへ渡ったからあの身体能力が鍛えられたと思うかも知れないけれど、彼はセリエA1年目にして既に向こうの連中とフィジカル面でも対等に渡り合っていた。身体の入れ方、ドリブルのコース取り、ファールから身を守るいなす技術。ピッチの上だけでも、彼の能力は十分に認識できた。勿論、ピッチ外でも食事やトレーニングで筋肉の質を高めるという事もあるだろう。現実として、中田はイタリアへ移籍してからというもの、怪我で長期離脱した事がないのだ。あれだけ試合中激しい攻防を繰り返していながら。厳しいチェックを受けながら。

 根元的な身体の強さというのも勿論あるだろうけれど、なるべく怪我をしないための方法論というのものもまた、存在すると思うのだ。恐らく、エメが居ない期間だけに止まらず、達也や長谷部は今後より厳しくチェックされる試合が増えると思う。危険なアタックを被る危険性は高まっていくだろう。ただ逆に言えば、それだけ相手から畏怖される存在になってきているという事だし、ここを乗り越えなければ上は見えてこない。だから是非、彼らには何かを見つけ出して欲しい。日々続く、激しく厳しい戦いの中で彼らが何かを掴んだ時、ウラワはまた別次元のチームへと進めるだろうから。

◇分水嶺◇ 5.17


 今期のウラワが、立ち上がり出遅れるだろうと僕は予想していたし、それはあながち的はずれな予想だったとは思わない。結果的に3位にはつけているけれど、実際内容を見れば戦術的な統一感を持つまでには少し遠く、代表や怪我で毎度選手が入れ替わり、チームとしての完成度はまだまだ低い。少しずつ良くはなってきているけれど、それでも苦労の時間は続くだろう。

 でもそろそろ、考え方を変えなくてはならない時期に差し掛かってきたのでは無いか。僕は出遅れるだろうと予想したけれど、それでもオフにかなりの補強をして臨んだ今シーズン、ウラワに求められているのはやはりリーグ制覇だろう。とても矛盾する考えだと自分で理解した上で、僕はそろそろ頭を切り換えようと思っている。

 監督の哲学を浸透させるのには時間が掛かるし、それはオフト時代に経験済みだ。当時とは選手のレベルが違うとは言え、それでも時間は掛かる。でも、ギドは思ったよりも早いスピードで選手の能力を掌握し、チームの外形を整えてきた。まだ選手個人の力量に頼る事が多いものの、明らかに開幕当初より組織だったプレーは増えてきているし、何よりウラワの選手層を考えた場合、狂ったように戦術過多のチームを作る必要は無い。選手個々の能力を、最大限に生かせられるシステムと戦術があれば、それで良いと思う。その意味で、今のウラワは良くなってきた。

 大体、年代別も含めてスタメンの大半を代表選手で占めるチームが、どこにあると言うのか。怪我で選手を欠く事はあるけれど、試合前のメンバー表を見れば、ウラワの優位は全く揺るがない。機能性を発揮し始めれば、瞬く間にトップへ駆け上るチームなのだ。選手のレベルとプライドを鑑みれば、本来ウラワは勝たなくてはならない。負ける事は許されないチームだと思う。

 今までは、チームを構成する要素を一つ一つ積み上げている段階だったから、時間を掛けてその仕事をしてくれれば良いと思っていた。その作業はとても神経を使うものだし、一つ間違えればあっというまに綻びが出来て、積み上げたピースは崩れ落ちてしまう。そういった種類のものだから、僕は暖かい目で見守ろうと心に誓ってきた。そして現在、最後のピースだと考えられる闘莉王がはめ込まれ、段差は目立つけれど一応形らしいものは出来上がった。あとは、その段差を出来る限り減らしていって、平滑に仕上げていくだけだ。

 この仕上げに最も必要なものは、勝利だと思う。ウラワにとって未知の領域である、“常勝”という名の仕上げ剤。コンパウンドの様に、チューブからしぼり出して磨けば良いという訳では無いから始末が悪い。恐らく、とても気の遠くなる様な時間が掛かる作業だろうし、それこそ中途で投げ出したくなるかも知れない。そんなチームは、それこそ腐る程見てきた。

 ただ、磨かなければ求める平滑は一生得られない。多少段差が大きかろうと、磨き始めなければその段差が埋まる事は無いのだ。昨日、いつもとは違った週末を過ごし、改めてウラワの持つ潜在能力に魂が震えた。もしかすると、これはとんでもないチームが出来上がるかも知れない、そう思ったのだ。まだ、外見が整えられただけだけれど、これから先微に入り細を穿つチーム作りをするためには、僕らの不到達だった“勝利を求め続ける”事がとてつもなく重要な要素になってくると思うのだ。磐田や鹿島にあって、ウラワに無いもの。

 エメルソンが抜けてしまった今だからこそ、僕はチームに勝利する事を求める。チームが勝利を渇望する事を求める。ピッチの上で最も得点を願い、チームの勝利の為に自分の役割を全う出来る選手が抜けてしまった今だからこそ、僕はウラワの勝利を求める。勝たなくてはならない。今のウラワは、そんなチームだと思う。

◇失格◇ 5.16


 ウラワサポーターとして、全く失格である。Jが土日分散開催の今週、拠ん所なき事情によりウラワの試合をサボタージュした僕は、何故だか今日、東京は飛田給にある味の素スタジアムへと足を運んでいた。言語道断の行為だとは判っているものの、大人の事情もあって今日は仕方なくFC三多摩の試合を見に行く事になってしまったのだ。まあこれは、かなり以前から決まっていた仕事絡みの予定だったから撤回する事も出来ず、それならば来週の下見も兼ねてしまおうと、無理矢理好意的に考える僕であった。

 しとしとと雨が降りしきる中、駅からの道すがら青と赤のサポーターユニを見つつ、駒場へ行けずに味スタへ来ている自分の運命を呪い、深い溜め息を吐き出し、スタジアムへと向かう。今日はどちらのチーム側という事が無いから、当然の如くバックスタンドへにて席を確保し、霧雨に煙るスタンドをぐるりと見回す。アウェイゴール裏には、遠く広島から駆けつけた60人程のサポーターが、一生懸命声を出して応援している姿が見える。一方、ホームゴール裏には多摩地区から集う集団がそれなりの人数で陣取るものの、雨が降っているからか屋根から外れた場所には人が居ない。ゴール裏に居ながら、雨に濡れる事を恐れているサポーターに何が出来ようか。嗚呼、駄目だ。そんなんじゃ駄目なんだよ。

 そんな薄ら寒い光景を眺めている内に、僕は何だかとても眠くなってきた。気晴らしのビールが程よく体内を巡り、うっすらと頬は赤く染まり、何度も何度も欠伸が沸き上がってくる。ハードコンタクトは眠気を反映して徐々に白く曇り、視界はどんどん悪くなっていく。瞼が下がってくるのを懸命に堪えながら、頼むから面白い試合にしてくれよと願った。今日は、全くのフリーマンとして、純粋にフットボールを楽しみに来たという事で、自分を納得させているのだから。お願いだから、観客を少しでも楽しませる努力をしてくれよと。

 しかし、そんな願いは脆くも崩れ去った。試合が進んでいき、両者に得点が入っても、僕の眠気は覚めるどころかより深くなっていった。何だか見ていてとても違和感を感じるのだ。勿論、ウラワの試合では無いからそういった意味での盛り上がりが無いのは当然で、あくまでも試合内容や選手のプレーに対して、少しだけれど埋めようのない違和感を感じ取ったのだ。心躍る感覚が全く沸いてこない。

 確かに、両者とも3ラインが綺麗に揃ったラインディフェンスを用い、高い位置からプレスを掛け合って、ボールを奪ってからはワンタッチでボールをつなぎ早い攻撃を仕掛ける。それ程レベルは低くない。特に、広島が時折見せた中盤でのダイレクトの崩しは完成度が高く、そこだけを切り取って見れば、まるで練習の中で気楽にやっている様に見える程のプレーだった。東京も、ボールホルダーを周囲の選手が追い越して行き、攻撃に人数を掛けるのは全く何時も通りだった。しかし、それが最終局面まで続かない。決定機が異様に少ないのだ。シュートへ繋がるだろうパスは悉く相手ディフェンスに引っ掛かり、シュート自体も枠を捉える事が極端に少ない。そして、違和感を感じた一番の要因は、選手個々が1対1で全く勝負を仕掛けない事だった。

 そういえばウラワ以外の試合を生で見たのはとても久しぶりだったし、僕の中でフットボールはウラワの試合がデフォルトになりつつある。いつもは何でもない事だと思っていたウラワの選手が見せるプレーが、実はJリーグのスタイルとは随分かけ離れたものだと、今日判ったのだ。前向きでボールを持てば、対面のディフェンスに何の衒いも無く勝負を挑むウラワの選手達。エメルソンだけではない、達也、平川、永井、長谷部、山田、アレックス。皆、自信過剰と思わせるくらい、果敢に勝負に行っては相手を困惑させる。突き進む彼らのプレーに、僕はいつも乗せられていたんだ。美しいパス回しは勿論素敵だけれど、最終的な局面で勝負を挑まなければ得点が奪えない事を、実はウラワの試合で学んでいたのだ。左右に身体を振りながら、相手を幻惑し縦へと抜け出す、中へと切れ込む。そんなシーンを目にする度に、僕は拳を握り、心を躍らせていた。

 それが、当たり前だと思っていた。実際は、今日認識した通り、全くの誤解だった。あんなプレーが出来るのは、ウラワだからなのだ。ウラワ以外のチームには、あれ程観客を喜ばせる術を持っていない。ウラワサポとして失格の僕でも、その程度は理解する事が出来た。来週、失格を撤回するべくもう一度味スタへ向かう。

◇悔恨◇ 5.15


 啓太は泣いていたらしい。都築は試合終了後も執拗に抗議をし続けていたらしいし、帰ってきた岡野と永井はヒーローになり損ねたみたいだ。エメルソンと長谷部を欠いて、0−2の劣勢から逆転したのは、間違いなくチームが前進している事の証であると思うし、最後のファールはどうやってもペナルティエリアの外に見えた。

 しかし、だ。僕は今日拠ん所ない事情によって駒場へ足を運ぶ事が出来ず、物理的にオンタイムで試合を見る事が出来なかった。情報は全て携帯端末によってもたらされ、映像はテレビのニュースでしか得ていない。スタジアムに居たら、まず間違いなく精神の均衡に破綻を来しただろうこの試合を、この目で見られなかった事実に少し安堵し、少しばかりくわいの情にかられ。

 リアルタイムで試合を追っかけていた人とは全く精神状態が違うから、今日僕の書くことは全て的はずれになりそうな気がする。ウラワがどんなフットボールを繰り広げたのかも判らず、市原が相変わらず走り回っていたのかも知らない。本来であれば、今頃主審に対する罵詈雑言で自らの喉を痛めつけていただろう。0−2にされながらも後半気迫で追いすがり、見事逆転を勝ち取った選手達対して賞賛の声を上げていただろう。でも、僕はそこには居なかった。だから詳細を追うのは止めておこうと思う。

 現実的にファーストの優勝はかなり厳しくなってきたけれど、僕は今ウラワが3位につけている事に驚きを隠せない。ずっと、ファーストステージは苦労が続くと思っていた。連携が取れず、チームとして戦術的に熟成されるのにはまだまだ時間が掛かると考えていた。しかし、こうして見るとウラワのフットボールは徐々に破綻から遠ざかり、今日は3失点したものの少しずつ安定方向へ向かっていると感じられる。エメルソンと長谷部という攻撃の中核が怪我でピッチを去っても、代わりに入ってくる選手は永井と岡野であり、選手層の厚さは驚嘆に値するものだ。

 ギドは、ファーストステージはトップ3に入っていれば良いと話していて、その意見には僕も賛成だ。あれだけ戦術的に未消化で出遅れた感のあるウラワは、磐田・横浜に次ぐ場所にいるのだ。上の二つがどれだけ伸びしろがあるのか知ったことでは無いけれど、少なくともウラワにはまだまだ上へと進むルートは沢山用意されている。間違えなければ良いだけの話だ。

 僕が今日感じたのは、ニュースソースの映像からだけでも伝わってくる、選手達の必死な形相だ。復帰後すぐにゴールを決めた永井、炎の様な形相でペナルティーを蹴り込んだ闘莉王、そして岡野のゴール。ひいき目に見なくても、ギドが選手の人心掌握に失敗しているとは思えない。今のところ、選手間のモチベーションコントロールは上手く行っていると感じられる。これだけのタレントを抱えたチームが、その全貌を少しずつ見せ始めた時、新たな歴史が刻まれる予感が僕の胸に痛烈に差し込んでくる。恐ろしい程の強さを持った、本当の“赤い悪魔”が誕生するのは、もしかするとそう遠くない未来に潜んでいるのかも知れない。

 と書いてみた所で、やっぱりスタジアムに行っていないと中途半端な事しか書けないんだよな。来週、未だリーグ戦で勝った事のないスタジアムには必ず。歴史の端緒としては、結構な場所だと思うし。

◇継続◇ 5.14


 明日は、スタジアムの命名権が売れなくて困っているクラブとの対戦。今年もオシム率いる市原はそれなりに好調を維持して、ウラワに次ぐ4位につけている。考えながら走り回るフットボールは健在の様だけれど、後半スタミナ切れを起こしているのはウラワにとって好材料かな。

 市原が去年と一番異なるのが、最前線にチェヨンスがいない事。去年はロングボールをチェにどんどん当てて、高い位置でボールをキープしてチームが押し上げる時間を作っていた。だから今年よりもバランスが良かったと思うし、中盤やディフェンスラインも負担が少なかっただろう。今年、市原が後半に疲労を貯め、目に見えて運動量が落ち集中を切らすのは、チェヨンスの不在も少なからず影響していると思う。

 新加入したマルキーニョスも、怪我なのか最近試合ではとんと見かけず、巻とサンドロが2トップを組む事が多い。見ている限り、昨年とやろうとしている方向性は変わっていないと思うし、やはりあの運動量は脅威ではあるけれど、そこまで怖がる必要も無いかと思う。いみじくもオシムが語っていたのが、継続の難しさだ。昨年は彼の哲学が浸透していくに連れ、良いフットボールが出来た。また相手も、それを認識するまでに時間が掛かったから、走り回る市原の選手達をどうしても捉えきる事が出来ずに、後手後手へと回って市原にイニシアチブを取られた。

 しかし、今年は市原の特徴的なサイド攻撃も、昨年の様には効果的に機能していないし、試合を支配する時間も減っている。市原の哲学が変わらなくとも、回りはそれなりに対応策を考えるものだし、相対的には変化を迫られるのだ。あれだけ結果を出していても、悲しいかな市原にはお金がない。いくら質の高いフットボールをしていても、組織を超えるキャラクターを持たない彼らにとって、そこから一段上へと進むのは非常に難しい事だ。デル・ネリ率いるキエーボが、どれだけ組織だったプレーを繰り返してもUEFA圏内に入るのが精一杯だという事に、市原の存在はどこか似ている。

 翻ってウラワは、現在お世辞にも組織的に褒められた内容のフットボールが出来ている訳ではない。間違いなく、個人の能力がウラワに勝利を近づけている。相手へのプレスのかけ方、3人目の動きだしの質、中盤でのパスワーク、どれをとっても市原の方が上手だろう。ただ、どれだけプレスに人数を掛けた所で、アレックスが個人技で3人をかわせばその時点でプレスは無効化し、素晴らしい精度のクロスボールが上がっても、最終局面で闘莉王に跳ね返されれば得点には繋がらない。また、最近のウラワは徐々に組織のレベルが上向いて来ている。選手も揃い、やっと同じシステム、同じ選手によって試合を重ねる事が出来る様になった。連休中のスケジュールは選手にとって肉体的にはとても厳しいものだったろうけれど、チームのすり合わせをするには8日間で3試合を消化した事がプラスになっていると思う。

 多分、明日も市原は駒場を走り回るだろうし、後ろからはぼんぼん長いボールが裏のスペースへけり込まれるだろう。それでも、何だか不安は余り感じない。恐らく、サイドで虎視眈々とクロスを上げる機会を伺う筈の村井は、平川のケアで手一杯になると思うし、前線で身体を張ってボールキープしなくてはならないサンドロと巻は、坪井にまとわりつかれ、闘莉王に跳ね返され全く仕事が出来ないだろう。怪我ばっかりの阿部君が出るのか出ないのか知らないけれど、仮に出た所でウラワのボランチ二人が彼にそう容易く仕事をさせる訳がない。

 そして、どれだけ市原が組織で守ろうと心がけようと、僕らのエメルソンを止める手段はどこにもない。無理なプレーが減り、回りを生かしながら得点を奪う事だけに集中できる様になったエメルソンは、間違いなく変化していると言えるし、継続しているとも言える。ストライカーとして得点を奪う者として、プレーを変化させ内容を継続している。オシムが難しいと言った事を、エメルソンは実行しているのだ。明日も、市原以上にエメルソンが走る。

◇厚すぎる。後ろを除いては。◇ 5.12


 やっと、というべきか。次節は市原を駒場に迎えるけれど、漸くベストと言えるメンバーが揃うのだ。闘莉王の復帰後、ウラワは3試合連続で無失点試合を続けていて、チーム状況は決して悪くない。上り調子と言って良いだろう。この間、広島戦で達也が途中負傷交代して以降、ウラワはエメルソンの1トップに、山瀬と長谷部の2シャドーという形で戦ってきた。これが中盤を厚くする効果を果たし、ディフェンスの安定も相まってチームは大分落ち着きを取り戻した。

 右サイドに入っている平川も、長谷部との良好なコンビネーションから、持ち前のスピードを生かしてサイドを切り崩しているし、ディフェンス面でも十分なパフォーマンスを発揮している。1トップのエメルソンは、そのポジションに固執する事無くピッチを広く駆け回り、ポストプレーやスペースメイキングなど、得点を奪う事に隠れてしまっているけれど、フォワードとしてクオリティーの高い仕事を見せてくれている。

 そして、ここに永井と達也が帰ってきてしまうのだ。嬉しい悲鳴という言葉が、これ程似合う事も無いだろう。どう考えてもポジションが足りないし、かといって誰を外すかと考え出しても全く思いが至らない。勝っている時のチームは弄らないというのが鉄則だろうし、やっと安定感を見せつつある布陣をわざわざギドが崩すとも思えないから、恐らく次節は達也がスタメンに入る程度で落ち着くのではなかろうか。申し訳ないけれど、山瀬の代わりに達也を入れて2トップ、そしてトップ下には長谷部を置く。あれだけスピードのあるフォワードだと、どうしても彼らの力に頼りたくなってしまうから、長谷部のキープ力を生かしてポゼッションを高めたい。

 それとも、もっと攻撃的に行くならば、長谷部をボランチまで下げてみるのも良いかも知れない。エメルソン、達也、山瀬のトリデンテに、酒井と長谷部という展開力のあるボランチコンビ。そしてサイドはアレックスと平川。後ろが安定してきているだけに、この攻撃的な布陣も見てみたい。全くどうしたら良いのだろう。

 永井だって、今期は怪我をするまで昨年とはうって変わってとても良いコンディションでプレーしていたし、元来持つ美しいドリブルは相手の脅威になっていた。ディフェンスだって十分こなしていたし、何より90分間運動量が落ちない。こんな永井を見たのはとても久しぶりで、今期にかける彼の姿勢が感じられて、僕は個人的にとても応援していた。平川はコンビネーションで崩していくけれど、永井は個人の力量でサイドを打開出来る。サイドアタッカーとしては甲乙付け難く、出来れば同時に使いたい。

 そして僕はある考えを思いついた。ポジションが被っている選手を、前後半入れ替えて使ってみてはどうか。例えば、右サイドは前半永井の個人技で相手を翻弄し、相手が疲れてくる後半にスピードのある平川を投入する。同じように、トップ下には前半山瀬を入れて高い位置からプレスを掛けて、尚かつフォワードを追い越し攻撃に絡む。そして後半は長谷部の出番で、彼のキープからポゼッションを上げてチームに安定感をもたらす。相手の集中力が散漫になった所で、切れ味抜群のスルーパスを通せば得点はすぐに生まれる筈だ。毎試合、他のポジションと入れ替えても良いし、今年の戦力はそれが出来るものになった。

 これだけの戦力を抱えたのだから、全員が揃っている時はスタメンを固定する価値観を捨てた方が良いのかも知れない。真面目にスタメンを考えると、GK:都築 DF:坪井・闘莉王・室井 MF:啓太・酒井・平川・アレックス・長谷部 FW:エメルソン・達也となる。控えメンバーは、山岸・山田・山瀬・永井・岡野の5人になるから、もう誰が出たって力量としては全く遜色ない。これで外国人枠を一つしか使っていないのだから、他のチームからすればふざけるなという所だろう。まあ、ディフェンダーが一人でも怪我をすれば、あっという間に薄ら寒くなるのも事実だけれど。

 ギドが、これだけの面子をどう生かしていくのか、とても興味深い。今の所僕はどうすれば良いのか全くアイデアが無いし、いくら競争原理があれば良いとは言っても、殆ど全員がJのトップレベルでスタメンに名を連ねられる実力を持っているのだから、理由もなくサブに甘んじていては不満も出てくる筈だ。システムを変えるのか、スタメンを固定するのか、漸く選手が揃った今、ギドの手腕が改めて問われる時期に差し掛かったといえるだろう。まあ、とてつもなく楽しみなのは間違いない。

◇身分証明書◇ 5.11


 会社の先輩が、立て続けに二人財布を紛失した。両方とも独身、一人暮らしの男性で、財布の中にはそれこそ全財産が入っていたらしく、かなり慌てた様子が窺えた。それはそうだ、考えてみればキャッシュカードにクレジットカードは勿論の事、それなりの現金もあるだろうし、免許証や最近カードに移行しつつある保険証を、財布に入れて保管しているのは十分に考えられる事だ。幸い二人とも紛失にはすぐ気づき、忙しく電話をして全ての口座やらなにやらを止める事が出来たから、被害は無かったので良かったのだけれど。

 免許証と保険証が同時に手元から無くなるという事は、即座に自分が誰だかを証明する手段を失うという事で、実際お金を失う以上に大変な事かも知れない。彼らもかなり難儀したらしく、免許と保険証の再発行が済むまではずっとパスポートを携行していた。日常、身分証明が出来るものの必要性を感じる事は余りないけれど、実際に無くしてみるとその大切さは切迫したものになるのだろうし、パスポートを持たない僕にとって免許証と保険証がどれ程大切なものか、よく考えてみるとちょっと恐くなる。また、海外旅行などしなくとも、パスポートは保持しているだけで十分有用なものだと認識を新たにした。

 僕は海外旅行へ行きたいという気持ちを、今の今まで持った事がないから、当然の如くパスポートを作った事もない。ヨーロッパのフットボールを生で見たいと思った事は少なくないし、トルコやエジプトの文化に触れてみたいという気持ちは高校時代からずっと持っている。だけど、僕は飛行機に乗る事がとても苦手で、遊びに行くという理由だけでは躊躇いが先に出てきてしまう。仕事で仕方なくとか、恋する人を追いかけて無我夢中で、とかそういった理由なら飛行機に乗る事も出来るのだろうけれど、僕はベルカンプ並に飛行機が苦手なのだ。そんな理由もあって、僕はパスポートを今の所持っていない。

 だから、もし仮に僕が財布を落としてしまったら、免許証も保険証も無く、自分が誰だか証明する事すら出来ない、非常に情けなく心細い存在に成り下がってしまうのだ。たった二枚のカードを失うだけで、存在証明すら出来なくなる事に気づいた時、僕が生活する場所は何と不自由な世界なのだろうと嘆いたりしてみるけれど、それでも僕はパスポートを作ろうとは思わない。飛行機に進んで乗ろうとも思わない。僕がパスポートを作って飛行機に自ら勇んで乗り込もうとする時は、ウラワがアジアチャンピオンズリーグに進み、日本以外のアジアの地で戦いに挑む時だけなのだから。

◇ビバ・エメ!◇ 5.10


 取り立てて、はっきりした誰かが言っている訳ではないのだけれど、未だにウラワの誇る核弾頭を認めない発言を、そこ彼処で見つけて嫌になる。“ウラワのレベルはエメルソンを除けばJ2だ”とか、“戦術イコールエメルソンだ”とか、“エメルソン無しではウラワそのものが存立しない”という位まで極端に振った意見すらある。ウラワのサポーター自身がそう思っているのか、単純に妬み嫉みの類で他チームのファンがそう思っているのかは知らないけれど。

 確かに、エメルソンは類い希な才能を持った希有な存在だし、攻撃の最終局面は彼に依存する所が大きいのも事実。エメが居なければウラワの得点力は少なからず減少するだろうし、現実に昨年の終盤は彼の不在に泣かされた。ただ、だからと言ってフットボールは一人で全てが変わる程単純なものではなく、如何に高い能力を持った選手であろうともそれを生かす土台がなければ、その実力を全て発揮する事など出来る筈もない。

 エメが加入した直後、彼の周囲を全く無視するプレースタイルには愕然とさせられた。一度ボールを持てば俄然スピードを上げて一人でゴールへ突き進み、シュートシーンばかりを見せられた記憶がある。シュート自体は多かったものの、今の様に効率よく得点を挙げていた訳ではなかった。それが、今ではスペースに飛び出していく事も珍しくなく、ポストワークにも冴えを見せる様にまでなった。彼自身の成長もあるのだろうけれど、彼の特徴を生かそうとチームが動いているからこそ、エメルソンにとってもチームにとっても充実した時間が増えてきているのだと思う。

 フットボールはチームプレーの集積だから、誰かが一人責任を怠るだけであっという間に機能性が落ちる。今のウラワは、エメルソンというアルテマウエポンを余すことなく使い切ろうとしているし、それが出来つつあると思う。何の為にプレーするのか。エメルソンは間違いなく得点を少しでも多く奪う為に存在していて、その能力が突出しているだけなのだ。その突出した才能を有すチームが、それを生かそうとしない方がおかしい。

 能力の高い選手がチームにいる事は、喜ばしいとしか言いようがなく、それを否定する気持ちは僕にとって全く理解できない類の考えだ。ウラワは、プロビンチアではない。ビッグクラブになろうとしているのだ。世界のトップリーグを見れば、どこのチームにもあり得ない才能を持つフォワードが沢山居る。シェフチェンコ、ロナウド、ビエリ、アンリ・・・。どのクラブもそれなりの金銭的な負担の代わりに、限りなく得点に近い選手を補強する。エメルソンは、そのケースと何が違うのだろうか。

 あれ程若く、滅多に見られない程の技術とスピードを持った選手が僕らのクラブに在籍し、尚かつ愛していてくれている事を、僕は誇りに思うほかない。出来るだけ長い間居て欲しいと願っているし、彼がチームに対して持っている愛情を上回る何かを与えられればと思う。それだけ。

◇大切なもの◇ 5.9


 普段通りに、と思っていた筈だった。結局、ビッグスワンに着いてみればゴール裏1階は全てウラワが占領していたし、何のことはない関東近県のアウェイ戦とほぼ変わらないじゃないかと思っていた。2階に陣取る新潟の女子が、手摺りに乗っかり下に居るウラワサポへ向かって屁をこく格好をしていたのを見ても、別段腹立たしい思いに駆られたりする事もなく、微笑ましい光景じゃないかと余裕を持つ程だった。

 しかし、試合開始前に新潟のゴール裏から聞こえてきた「好きにならずにいられない」が耳に入った途端、スイッチが入ってしまった。体内の血流が増し、自分の頭の中に聞こえる鼓動が、いつもより数倍早くなっていった。別にコールの一つ一つがオリジナルである必要は無いけれど、それでも僕にとって、あとは多分ウラワサポの大部分にとって、この曲に思い入れが強い人は多いはずだと思う。自分のモチベーションは、あの曲を境として最大限にまで膨れあがり、大切なものを蹂躙された気持ちをそのままお返しするべく、自然と声は大きくなった。

 ウラワが立ち上がりから攻め込み、あっという間に2点を奪う事が出来たのは、ゴール裏の想いが伝わったからだと云ったら言い過ぎだろうか。前半のウラワは気持ちの入った心地よいフットボールを展開し、攻撃力を遺憾なく発揮した。去年のセレッソ戦の様に、前掛かりになりすぎる事もなく、前半はバランスよく戦えたのではないかと思う。長谷部はエメルソンの信頼を完全に得られた様で、彼がボールを良い形で持つとエメルソンは脱兎の如くスペースへと駆け出す。こうなると長谷部もボールを供給し易くなるから、好循環だ。エメルソンが今期得点ランクを独走出来るのにも、やはり訳がある。

 後半、インテリジェンスを発揮する新潟の監督が動いてきた。ディフェンスにほぼ二人だけを残すスクランブル布陣。3バックのウラワを攻め込むため、サイドに多くの選手を集めて分厚い攻撃を仕掛ける。2点をリードするウラワは少し引き気味の対処が多くなっていって、長い時間押し込まれる様になってしまった。ギドも山瀬を下げて山田を入れるなど、システムを弄って守りに入る体勢になり、新潟のボールを跳ね返しても拾えない時間が続いた。ディフェンスラインに6人近く人が居たりして、見るからに混乱していたと思う。その時、闘莉王がギドと大いにやり合った。大きな身振り手振りで守備の混乱を説明し、監督に指示を仰ぐ。試合中にこれだけ監督と、しかもギドと対等に渡り合える選手が居るのは幸せだと思うし、現実的にそれは結果となって現れている。

 攻め込まれる事三十数分、試合を締めくくったのはやっぱりエメルソン。平川の突破から、余裕を持って蹴ったシュートは、クロスバーを舐めながらゴールへと吸い込まれて行った。これにて試合は終了。

 試合開始直前、僕の体中に放出された大量のアドレナリンは、それなりに収束していった。圧倒的な力の差を見せつけられた訳じゃないけれど、結果だけをみれば完勝。ただ何か煮え切らないものは残っていて、悶々とした感情が全て満たされた訳では無かった。理由は分かっていたけれど、まあ勝ったから良しとするかと思っていた矢先、ゴール裏中心部から歌が始まった。慌てて僕はマフラーを掲げ、嗄れた喉にむち打って歌に乗っかった。

 勿論その歌の名は、「好きにならずにいられない」!

◇眠くない◇ 5.8


 それでは、ちょっくら新潟へ。といっても僕は新幹線組なので、明朝の出発です。それでも、睡眠不足はサポートの大敵、もう寝ることにします。それでは皆さん新潟で!

◇新潟行◇ 5.7


 メディアはこぞって新潟のサポーターを日本一と囃し、彼らもその風潮に乗っかっているきらいがあるけれど、それに対して憤りを感じる事もなければ、馬鹿にするつもりも無い。Jリーグ、ひいては日本フットボール文化の将来を考えれば、少しでも多くの観客がスタジアムに駆けつける事が悪かろう筈が無く、新潟の様なチームが増えてくれるのは好ましい事だ。

 ウラワのサポートをする人間としては、今回久しぶりにアウェイを感じられる相手だし、気合いが入るのは間違いない。個人的にはJ2時代の記憶が殆ど無いから、そういった意味での思い入れは少ないけれど、それでもあの観客の中で戦う事が出来るのを楽しみにしている。そういえば、去年、一昨年の仙台もそうだったっけ。

 新潟のオフィシャルサイトでは、ウラワサポの出端を挫く様な「お願い」が掲出されている。前日からのシート貼りは禁止、横断幕もほんの一部にしか掲示させない積もりらしい。何だか可愛らしいじゃないか。新潟が多くの集客をする様になって2年と少し経つけれど、その間ビッグスワンは毎試合オレンジ一色に染まり、アウェーチームのサポーター達は隅っこで小さく固まっているだけだった。新潟にとってもそれが当たり前の事になり、ビジター自由席4800枚という数字もあながち間違った設定では無かった筈だ。だから、今回予想以上にチケットをウラワ側に奪われ、彼らは焦っているのかも知れない。

 後援会からは700人の団体が「Sスタンド自由席」に流入するし、ビジター自由席を手に入れる事が出来なかったウラワサポ達は、間違いなくその時残っていたチケットを入手しているだろう。もしかすると、1万を超す赤い人達が新潟の地を踏むかも知れない。新潟にしてみれば、これまで体感した事のない状況に戸惑いを感じるだろうし、余り評価の高くないスタジアムの運営が、困難を極める事など容易に想像出来る。

 問題が起きるかも知れないし、起こらないかも知れない。取り立ててそこに注目するのは馬鹿げた事で、僕らはいつも通りのサポートをすれば良いだけだ。横断幕が全て掲げられなかろうと、前日からシートを貼る事が出来なかろうと、そんな事は大した問題じゃないのだ。勿論、横断幕にはそれを作った人達の歴史が刻み込まれているものだから、おいそれと判断を下すのは難しいけれど、それでも応援の方法は幾らでもある。

 彼らはホームとして自分たちの流れを作りたいのだろうから、前述した「お願い」が出てきたのだろう。そんな事でウラワを押さえ込めるとでも思っている訳ではないだろうけれど。僕らが出来ることを何時も通りやれば、スタジアムの雰囲気を自分たちのものにするのは簡単で、それがチームの勝利に結びつく。何と分かり易い単純な理屈。結局やるべき事は一つ、チームを勝たせる為に応援するだけだ。人数で負けていようが、ウラワは揺るがない。明後日は、それを証明する良い機会だ。

◇十年選手◇ 5.6


 昨日の鹿島戦で平川は、長谷部とのコンビネーションから何度も右サイドを切り裂いた。自慢のスピードを生かし、ドリブルランから正確な右足のクロスを何本も蹴り、ディフェンスに戻れば相手アタッカーを常に先回りして攻撃の芽を摘んだ。まるで、そのポジションが何年も前から自分のものだったと思わせるくらい落ち着いたプレーで、ウラワの右サイドを縦横無尽に走り回っていた。聞けば彼の走力はチームでも1、2を争うものらしく、右足の精度も素晴らしい。当たり前の様に右サイドでプレーしていた彼だけれど、実はスタメンでそのポジションに入ったのは、この2年間でたったの2試合目に過ぎない。去年まで、その殆どの時間を彼は左サイドに費やしていた。

 それ以前の試合では、永井が右サイドに入って素晴らしい仕事ぶりを披露していた。昨年後半の不調が嘘の様なフィジカルコンディションを見せ、自慢の攻撃力だけではなく、ディフェンスに入っても十分な活動量を示していた。上を仰ぎ見る姿勢も無くなり、試合終了まで走り続ける姿に、恐らくウラワサポは彼の力量を改めて見直した筈で、復帰が予想される市原戦を首を長くして待っている人も多い筈だ。事実、永井の突破から相手のオウンゴールを誘う事2回、得点機の演出も実に様になってきた。シュートシーンは今までよりも減ってしまったかも知れないけれど、逆にゴールシーンに絡む回数は増えてきたのではないか。ウラワの底上げは、実際とても進んで来ている。

 でも、ウラワの右サイドと言えば、誰を差し置いても他にはいない。山田暢久だ。この10年近く、不動の右サイドとしてウラワに君臨し続け、どの監督になろうともほぼアンタッチャブルの様な存在だった山田は、その高い身体能力とディフェンスのセンスで定位置をキープし続けてきた。「ウラワならばすぐに試合に出られそう」という理由でウラワ入りを決めた、などと言う逸話が未だにまかり通り、そのキャラクターからやる気があるのかと何度も罵声を浴びせられた我がチームのキャプテン。毎年毎年、くるくると選手が入れ替わり布陣が変わっていくウラワの中で、唯一山田の名前が予想スタメンから落ちる時は無かった。また、現実に出場停止以外で試合を休む事など殆ど無かった。

 その山田が、2試合連続でスタメン落ちした。広島戦では、遠征に帯同しながらスタンド観戦という、思いもよらない扱いを受けた。そして気がつけば、本来彼のポジションだった筈の右サイドには、平川と永井という大きな存在が既に入り込んでしまっている。高校時代中盤の選手だった山田は、ウラワに入ってからもことある毎に真ん中でプレーしたいと言い放つこと常だった。今年はその念願叶い、ボランチでのプレーを命じられていた。だから僕は彼が夢中でそのポジションをこなすと思っていたし、監督もその期待を込めてキャプテンに指名したのだろうと思う。ただ、その期待に答えられない試合が続いた。

 ここ2試合、ギドが山田に与えた扱いは懲罰的なものも含まれていると思う。ただ、そこでプレーする機会を得た平川が高いパフォーマンスを発揮し、ボランチに入る酒井や啓太は常に良い結果を出し続けている。平川が元々プレーしていた左サイドには、まだその才能を全て出し切ってはいないものの、高いクオリティーを誇る元ブラジル人が居座る。平川にしても、今年は思い切って右サイドで勝負したいと常々話していたし、永井だって怪我から戻ってくれば黙っちゃいない筈だ。

 今年のウラワは思っている以上に選手層が厚い。たった2試合欠場しただけで、チーム生え抜きの十年選手はポジションの危機に晒されている。年が明けた頃、山田はウラワ不動の右サイドであり、日本代表のレギュラーだった。それからたった4ヶ月、代表ではちょっとした不祥事でレギュラーどころか呼ばれる事も無くなり、チームでもポジションを失いかけている。だから、僕はもの凄く楽しみだ。山田がどの様な反攻を見せてくれるのか。自分の思い通り、中央でのプレーに執着し、本職である啓太や酒井に勝負を挑むのか。はたまた住み慣れた右サイドに進入してきた若い奴らを蹴散らすべく、新たなスタイルを見せるのか。僕は山田がどんなやり方でポジションを取り戻すのかをとても楽しみにしているし、それは監督も同じ気持ちだと思う。

◇鹿島戦◇ 5.5


 「お前ら、やりたくてうずうずしてんじゃねーのか!」
 なんていう言葉がコールリーダーから発せられた時、僕はあやうく吹き出してしまいそうになった。あんた達がそう仕向けたんでしょうが。でもまあ、個人的に今日は今までにない位応援してやろうと考えていたから、あの一言ですわ試合が始まると緊張感が高まったのは確かだった。僕だけでなく、皆そうだったんじゃないだろうか。鹿のサポーターも連休中だからかかなりの人数がやって来ていたけれど、そんなものは問題にしない程、熱のこもったサポートが出来たと思う。あれでこそ、ウラワのゴール裏だよ。

 実際の所、今日の試合で不甲斐ない姿を晒す様であれば、ウラワはチームとして結構厳しい時間を迎える事になっていたと思う。静観の後も、日本平で為す術無く敗れ去り、広島では勝ち点こそ奪ったものの、無得点での引き分け。雰囲気的には余り良いものでは無かったし、5万5千を超える観客を集めたホームでの戦いで、是が非でも勝利が必要な試合だった筈だ。だからこそ今日の勝利は賞賛に値すると思うし、勝利を掴み取った選手達に対して、きちんとした形で声援を送る事が出来きて本当に良かったとも思っている。

 トップを目指すにはまだまだ物足りない所も多いけれど、あれだけタイトに中盤が仕事をし続けられる事が判ったの????? は収穫であり、闘莉王の復帰によってチームに一本筋が通った。あれ程困惑を続けたロングボールへの対応に殆どミスが無くなり、ファビオジュニオールに対して闘莉王は悉く競り勝った。後ろへの不安が少なくなれば、中盤は前でディフェンスを出来る様になり、高い位置からプレスを掛けられる様になる。そう判ってはいても、今日啓太、酒井、山瀬が見せたディフェンス面での奮闘は筆舌に尽くし難い。腐っても鹿島、それなりのレベルでボール回しをする相手に対して、常に出所にアタックし、ソリッドに戦いを続けた。ディフェンスを十分にこなしながらも、気を見ては前線に進出し攻撃にも十分以上に尽力した。今日の勝利は中盤の勝利でもあったと思う。

 そして、長谷部だ。彼はやっぱり突出した力を持っていると、今日再認識した。ディフェンスラインから出てくるボールに対して貪欲に絡み、大きくない身体を最大限に生かして相手選手を背負い前を向く。彼のキープ力、展開力にチームがどれだけ助けられたか判らない。ボールの出しどころに迷った時、必ずと言って良い程長谷部が顔を出してきては、ボールを受けて前を向きサイドに散らして行った。最後は気張りすぎて足が攣ってしまった様だけれど、それを補って余りある仕事を、彼は事も無げにやってのけた。

 闘莉王は、男に好かれるタイプだろう。今日の前半だけで、ゴール裏にたむろするオヤジ連中のハートを、あっという間にガッチリと掴んでしまった。強くて高いヘディング、周囲を外連味無く叱咤激励するハートの強さ、冷静で正確なポジショニング、驚く程精度の高いフィード、どれをとってもハイレベルなディフェンダーである事に間違いは無く、彼の姿を、今はベンチで指揮を執るあの人の現役時代に見ている人も少なくないんじゃなかろうか。彼が復帰(正確には加入と言った方が正しいか)してから2試合、無失点で過ごせたのに理由が無かろう筈がない。プレーにその熱さがにじみ出る彼のような選手は、すぐさまサポーターに受け入れられるだろうし、今までのウラワには居なかったタイプの選手だから、どんどん特色を出してチームにも馴染んで欲しい。ただ一つ心配なのは、怪我から復帰してすぐに極めてタイトな日程にJリーグがおかれている事で、中2日の後また中3日で試合がやって来る。今日も太ももを気にする仕草をしていたし、余り無理して欲しくないという気持ちと、もっとそのプレーを見せて欲しいというジレンマに陥っている。

 最後に、アレックス。コメントも何だか煮え切らないもので、見ている側としてもちょっと不満が積み重なってきている。コンディションも良くない様だから、彼の切れたプレーを見られるのはまだまだ時間が掛かるのかも知れない。ただ、単純に彼を外せば良いかといえばそんな事は無いし、彼の特徴をもっと出しやすくしてやる事も必要なのではないだろうか。今日だってあの頭を見たとき彼の気持ちが伝わってきたし、やる気に欠ける訳では無い。今のプレーを見ていると、ウラワ選手達はアレックスにエメルソンの様なプレーを期待してしまっているのでは無いかと無粋ながら想像してしまう。アレックスがボールを持って相手ディフェンスと対峙すると、周囲の選手は足を止めその勝負を眺めてしまっている。アレックスの特長は、一旦ボールを預けパスアンドゴーで抜け出していく所にあると僕は考えているから、周囲がもっと彼を使ってやる方法も考えた方が良いのかも知れない。まあ、それにしてもクオリティが低いけれど。代表もあって疲労もなかなか回復しないだろうし、僕はもう少し辛抱して彼の本気を待ってみたい。

 何だかんだ言って、連休の締めくくりは予想以上に良いものとなった。鹿島にとってウラワが徐々に鬼門になりつつあるのは歓迎すべき事だし、溜まりまくった借金を返す立場の人間にとっては、鹿島がウラワに少しでも嫌な気持ちを持って貰った方が良いのは当然の事だ。取りあえずセカンドのアウェーも大勢で乗り込んで、また圧倒的なサポートをすれば良い。今日のゴール裏に居て思ったのだけれど、絶対みんな声を出してサポートしている時の方が良い顔をしている。ゴール裏の一番上まで、バックアッパーの一番上までお客さんで埋まったスタジアムが、怒濤のコールに揺るがされる。そんなシーンを日本で演出出来るのはウラワしかないのだし、それに恵まれた幸運を僕らは感謝し、継承していかなくてはならないと思う。全部、ウラワの宝だから。

◇雨中の戦い◇ 5.4


 昨年の対鹿島の戦績は、リーグ・カップを含めて1勝1分1敗と、綺麗に五分の星だ。開幕戦で負け、カップ戦決勝で勝利し、最終節では引き分けた。それまで、鹿島には煮え湯を飲まされ続けてきた。リーグ戦では通算4勝21敗1分という驚くべき数字が残っているし、去年もリーグ戦では勝てていない。ウラワがもの凄く弱かったJ開幕当初の数字を差し引いても、明らかに鹿島には分が悪い。鹿島は、ウラワに対して精神的な面で優位に立って試合を進める事が常であり、ウラワは何だかそわそわした面持ちで試合に対する事が多かったと思う。僕も、ウラワサポーターとは言いながらも、鹿島戦の前は自信を保つのが難しかった。

 そんなネガティブな印象を払拭したのが、去年のシーズンだったと思う。リーグ戦では勝てなかったけれど、ウラワにとっては初めてのタイトルは、鹿島を直接下して手にする事が出来た。また、優勝争いからは脱落してしまった最終節、試合終了間際にエメルソンのダイビングヘッドで追いつき、鹿島の目の前にぶら下がっていた優勝を、見事にかっさらった。今まであいつらの眼前ではうつむくことしきりだったけれど、去年は1年の間に2回もひざまずかせたのだ。鹿島にとって、ウラワにこれ程嫌な思いをさせられるとは思ってもいなかった筈だろうから、少しだけ溜飲が下がった。それでも、まだまだ借金は多い。リーグ通算成績は今後もずっと残っていくものだし、これを返済するのは並大抵の事ではない。少しずつ、1試合ずつ、確実に勝利を積み重ねて行くしかないのだ。

 天気予報が的中すれば、3戦連続となる雨中での戦い。これが果たして何を意味するのか判らないけれど、少なくとも今の僕にとって、雨はネガティブファクターとはなり得ない。

◇鼓動◇ 5.3


 これだけ試合前に胸の鼓動が高まるのは、何時以来だろうか。その理由が、どこにあるのか正確には判らなかった。前節、不甲斐なく清水に敗れ去ったウラワがこの短期間で立て直せるのか、闘莉王の復帰でディフェンスは安定感を取り戻せるのか、山田の欠場はどんな意味があるのか。色々な想いが頭の中をよぎり、スタジアムでウラワを体感していない期間が長くなってしまったからか、テレビの前で試合開始を待つ僕の精神は、これまでにない程高ぶったものになっていた。

 画面に映し出されたビッグアーチの風景は、想像を遙かに超える観客で埋まっていて、そこに聞こえてきたウラワサポーターの大きな声が僕の心を余計に揺さぶった。何で僕はあの場所に居ないのだろうか。どうして無理をしてでも現地へ参加しようとしなかったのだろうか。悔恨が浮かんでは消え、数量では全く負けているウラワサポの声が聞こえてくる度、その頻度は増えていく。しかし、現実的に僕は川崎市でテレビを見ているのであり、それ以外に出来ることは無いのだから、テレビを見つめながらウラワの勝利を想った。

 結果、僕らは勝ち点1を得た。アウェーでの引き分けだから、否定すべきものでは無いかも知れないけれど、確かに、広島に押し込まれた。自分たちで支配する時間は少なく、ひやりとさせられる場面も少なからずあったと思う。なかなかシュートまで持ち込む事が出来ず、パス回しにも意図的なものが感じられず、常に個人能力で打開しようとするのが目についた。ギドは毎試合選手の配置をいじるから、そう簡単に連携が取れる筈もなく、ウラワの選手達は常に困った表情を浮かべながらプレーする。そして、前節から怪我で外れている永井の欠場が、サイドからの崩しを極端に減らし、チャンスの数自体が大幅に減ってしまった。

 冷静に見れば、まず頭を抱えたくなる内容だったのに間違いはなく、この先苦難の道のりが待ちかまえている事は容易に想像出来る。それでも、試合が終わった後、何故だか僕の心臓は早い鼓動を保っていた。つまらない試合だと思いながら、何でこんな試合しか出来ないんだと憤りながら、一方で僕は期待感を膨らませ、いつも以上にウラワに対する気持ちを強くしていた。

 それは闘莉王の存在に大きな理由があり、また試合終了後にサポーターがこの日一番とも思える声量で響かせたコールも、僕を奮い立たせる要因となった。まだ万全とは言えないだろう闘莉王はスピードで振り切られる場面もあったけれど、開幕から頭を痛めていたロングボール中心の攻めに対して明らかに耐性が上がり、本業の成せる技、ラインコントロールは圧倒的にレベルが上がった。無駄なオフサイドトラップは皆無で、ラインで守る所と余る所がハッキリしてディフェンスライン自体に落ち着きが出てきた。散々酷評されてきた室井も、役割が明確になりストッパーとしての仕事を全うした様に見えた。広島のフィニッシュが雑だったのにも助けられはしたけれど、今期初めて無失点で凌いだのには歴とした理由がある。

 アウェーに駆けつけたサポーターは、ゴールを欲するコールを続けた。引き分けに終わった試合の後、サポーターへ挨拶に向かった選手達にとって、あの大声量のコールは大きな意味を持つものになると思う。また、ピッチで味方を鼓舞する闘莉王を見るたび、そしてそれに呼応する選手達を見るたびに、改めて“声”の重要性を感じた。

 かれこれ3試合、ウラワの試合を感じていない。その間、静観があり、厳しい戦いがあり、そしてピッチには“声”がもたらされた。ホームでの圧倒的なサポーティングからは、だいぶ遠ざかっている気がする。そろそろ、僕らの“声”で相手を圧倒する時なのじゃないだろうか。次節は、相手にとって不足はない。ウラワサポーターの真骨頂が、“圧倒的な声によるサポート”だと僕は信じているから、満員の埼玉スタジアムが空気を震わす人間の声によって、ウラワの勝利を導き出せると信じている。高まる鼓動は、明後日まで弱まる事は無い。

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