◇ショック。◇ 4.30ショックな出来事。ウラワは不甲斐ないし、行けなかった日本平のビデオを見ても途中で嫌になり、現場で厳しい状況を体験した人達には申し訳ないと思いつつ、中途で見るのを止めた。あのメンバーでまともに戦おうとする事自体、間違っていたのかも知れない。誰かが言っていたけれど、もっとシンプルに戦う必要があったのかも知れないし、他に方法があったのかとも思う。ただ、もう終わってしまった事なので、僕は鹿島戦に備えて体調を整えておく他やる事が無いから、今日は早めに風呂へ入って、前から楽しみにしていたスカパーを見るためテレビの前へ。 いや、確かに僕はチャンピオンズリーグセットには加入していないけれど、だからといって10年前の試合まで見られないなんて仕打ちをしなくても良いじゃないか。スカパーさんよ。もう2週間も前から楽しみに楽しみに待っていたのに、そこにあった現実は「この番組は契約されていないので視聴する事が出来ません」だと? クライフのドリームチームを、久方ぶりに見られると信じていたこの2週間を返してくれ。 ま、あと千円ちょっとを支払えばすぐに見られるのは判っているのだけれど、見られると思いこんでいたから、チャンネルをまわして見られないと判った時のショックといったら無い。あの流麗なパス回し、ゴール前で不遜に見える程落ち着き払ったプレーを見せるロマーリオ・ストイチコフのフォワード陣、ゲームをコントロールするグアルディオラ、自陣で果敢なディフェンスを見せたと思った矢先、ゴール前へ突進してくるホセ・マリア・バケーロ。彼らの勇姿を、見られないと知った時の悲しみは大きい。 落ち込んでいても何も始まらないから、明日加入の申し込みをしよう。まだまだ放送は何回もある。財布の中身に対する不安は甚大だけれど、そんな事を思い悩んでいても仕方がない。嫁に叱られようが、毎月の小遣いが多少減ろうが、前進しなくてはならない時もあるのだ。ぶっちゃけた話、最近余り美しいフットボールを見た記憶が無い。去年のウラワは、僕が好むフットボールに近づいていたから、ウラワを見るだけで十分満たされた気分にもなっていたのだけれど、今年はまだまだ完成度が低いからそれだけでは満ち足りた気分になる事はない。 ウラワを応援する事は僕の生活の中でデフォルトの事なので、娯楽として見るフットボールはまた別に用意しなくてはならない時もある。それがウラワとダブっていれば、そんな幸せな事は無いのだけれど。 ◇感動◇ 4.29僕は、日々感動と出会うために毎日を過ごしている。心が躍るような出来事を欲して止まず、それを得られる様に情報収集したり、様々な場所へ出かけていったりする。果たして、毎回毎回それが上手く行くとは限らないから、こちらが予想していた結果が得られずに頭を垂れる事もある。それ以上に、感動を得ようとして動いていたら、手に入ったのは悲しみしかなかったという事も、少なからずある。 小説を読んだり、音楽を聴いたり、映画を見たり、フットボールを見たり。一つ一つを見れば日常にある何ら変哲の無い出来事かも知れないけれど、僕はそれらを体感する時、なるべく集中力を上げようとする。そこから、なるべく多く感情の起伏を得たいと願うから。 今日の様な日は、実際の所自分で体感していない事柄だから、歓喜も悲観もない。“ウラワがナビスコカップで清水に負けた”という事実は、知識としては認識しているけれど、現場で体感したものでは無いから自らの心には何も想いが浮かんでこない。仮に僕が見に行っていたら、そこでは何時も通り“ウラワの勝利”を願って必死に声援を送り、感動を得たい、皆で感動を分かち合いたいと考えていただろう。でも僕は、現場に居なかった。 論理的に言えば、今のウラワがチームとして機能していないのは明らかで、試合毎に目まぐるしくスタメンが変化する、安定して力を発揮出来ていないチームである事に間違いはない。見に行っても勝利を見られる可能性は高くないと思うし、面白いフットボールを見られるかどうかも判らない。批判すべき所は、それなりにあると思う。 ただ僕は、スタジアムへ足を運んで応援する事と、理論的に冷静にチームを見る事とは完全に分けて考えている。今、ウラワは苦しんでいるし、上を目指して進もうとする道程で、漆黒の闇に包まれた深い森の中道に迷っているのかも知れない。そんな時、僕は出来れば彼らを照らす一筋の光になりたいと願う。苦しい時にこそ、僕らの存在が少しでも選手の助けになれば良いし、その表現は人によって異なるとは思うけれど、僕はスタジアムで声援を送る事でチームの力になりたいと思っている。とても微力なものだけれど。 こんな時は、必死にもがくしかないのだ。一見無駄としか思えないだろうその行動が、実は後に大きな感動を呼び込んでくれると信じているから。 ◇ウラワとは全く関係ない◇ 4.27まるで南国の様な天候だった都内を練り歩く。温暖湿潤気候である筈の東京に、スコールの様な風と雨が舞い、高い湿度と風雨によって都内の町並みはいつもとは全く異なった一面を垣間見せていた。 額には気持ちの良いとは言えない汗が滲み、スーツの裏地が太ももに張り付く感覚は、兎に角不快だ。取引先へ向かうべく電車に乗り込むと、鼻を突く刺激臭に襲われ、その発生方向を見ればそこには浅黒い肌をした、はっきりした顔立ちの家族が談笑している。英語とヒンディー語が入り交じった様に聞こえる会話から、彼らが東南アジアの出身だろう事は容易に想像できた。体臭の薄い日本人にとって、彼らから発せられる体臭と香水が混ざり合った複雑な匂いは、受け入れるのに多少の困難と時間を要し、僕も慣れるまで数分かかった。 彼らから目を離し、何気なく中吊り広告を見ながら逆の方向へ視線を向けると、今度は携帯電話を片手に綺麗な英語で話し続ける、白い肌と金色の頭髪を持つ人がドア際に立っている。電車のモーター音が気にならなくなると、実は彼の声はとても大きなものだったのだと気づき、英語が苦手な僕は彼が何を話しているのか皆目見当がつかなかったけれど、それでも不快感を覚えるのに苦労する程ではなかった。相手が日本人だったら、睨み付けるなり舌打ちをするなり、不快な気持ちを表す態度を取る所だけれど、金髪が相手だとどうしても怯んでしまう。その内降りるだろうと、鞄から文庫本を取り出し、本を読むことに集中しようと試みる。 数ページ読み進んでいき、小説の中へ入り込みそうになった矢先、今度はつり革に掴まり立つ僕の真後ろから、ヘッドフォンから盛大な音量で漏れるビートの効いた音楽が聞こえてきた。何だか嫌な予感がして恐る恐る後ろを振り向くと、そうかやっぱりそこには白いバスケットボールのユニフォームを着て、片方に二本の足が入ってしまいそうなジーンズを履いた黒人が座っていた。そんなに空いた車内では無かったけれど、我が物顔の彼は気にする素振りをする事無く大きく両足を開いて座り、座席は二人分と少々が彼の陣地となっている。こちらまで簡単に聞こえてくる音楽に合わせ、彼は上半身を上下左右に揺すり続ける。目を閉じた表情は、恍惚のそれだ。僕は左右に頭を少しだけ振って、もう一度活字に目を落とす。 本を読むふりをしながら、徐々に僕は自信がなくなってきた。ここはどこなのだろうか。確かに乗っている電車は山手線のE231系である事に間違いは無く、車内放送は自動的に女性の声で次の駅が原宿である事を告げている。しかし、日本語よりもその他の言語の方が耳に飛び込んでくる頻度が高いし、窓の外を見ればスコールだ。風に吹かれひしゃげる樹木は、どうみても南国のそれだ。 原宿のホームへ電車がすべりこみ、スピードが落ちるにつれてホームに立つ人達の外見がはっきり見える様になり、僕は頭を抱えた。そこに立つ女性二人組は真っ黒なワンピースに身を包んでいる。そして、そのワンピースの上には純白の大きなフリルのついた前掛けの様なものが見えて、僕の少ない知識で言えばその格好は昔見たアメリカのホームドラマに良く出てくる黒人メイドのそれだった。それなのに、顔を良く見ると美しくファウンデーションが塗られ、ちょっと派手なメイクがほどこされている。電車が止まり掛けた時、僕の鼓動は最高潮に達した。何と、彼女ら、否、彼らは男だったのだ。 そうだ、やはり僕はパラレルワールドへと来てしまったに違いない。どうやったら戻れるのだろう、ここは東京であって東京でない。外国語が氾濫し、見かけ上どこの国籍だか見当もつかない人達に囲まれ、僕はどんどん小さくなって行く。そこに助け船が訪れた。 ドアが開き、原宿駅のホームから乗り込んできた少女達は、僕の耳でも良く聞き取れる言語で元気よく笑い、話していた。見ればどこぞの私立高校の生徒らしく、みな揃いの制服を崩すことなく着こなし、白いソックスが目に眩しかった。部活の帰りだろうか、テニスラケットとスポーツバックを持った天使たちは、日々の生活に不満を感じる様な風には全く見えず、楽しげに談笑しながら電車に乗り込んできたのだ。良かった、僕はパラレルワールドなんかに来た訳じゃなかった。ただ、偶然色んな人が僕の回りを取り囲んだだけだったのだ。なんだなんだ。 とても楽しそうな彼女たちの笑い声に満足し、僕は再び文庫本へ戻り、小説の世界に没頭した。未だ続く彼女たちの会話をバックグラウンドミュージックとしながら。目的の駅が近づき、ぱたんと本を閉じてドアへと向かおうと顔を上げたその刹那、雨でびしょ濡れになっている床へスポーツバックを無造作に置き、その上に腰掛けて談笑を続けている制服姿の女子たちが目に入った。僕はその場にへたり込み、やっぱり自分がどこか違う世界へと紛れ込んでしまったのだと悟った。 僕は、どこかにある筈の、元の世界へと戻る出口を永遠と探すべく、山手線にひたすら揺られた。何周も、何周も。 すいません、ネタ切れです。 ◇忙しい。嗚呼忙しい。◇ 4.26今年のゴールデンウィークは、5日間も連続して業務が止まるから、出版に携わる者として非常に都合が悪い。基本的に予定が後ろ倒しになる事は無いから、そのしわ寄せは全て連休前に掛かってくる。よって、先週の終わりあたりから今週に掛けて、過度の忙しさが僕を含む会社全体に襲いかかってくるのだ。 部署によっては既に下版してちょっと早い連休に突入している所もあるけれど、全部の媒体に関連する僕の部署は全くそんな恩恵を受ける事は無く、“如何に連休を暦通りに休むか”という理由だけで馬車馬の様に働き続けている。そんな折、忙しいと言っているのそばから自分のミスで仕事を増やしたり、今日は全く大変な一日だった。ミス以外にも取引先からとっても嫌なお話を頂いたり、まあ生きていればこんな日もあるさ。 愚痴っぽくなるのは年を取ったせいだろうかと考えつつ、未だに部署で最年少なのは何故だろう。万年一兵卒の僕としては、たまに愚痴をこぼしたくなる時もあるのだ。先週末はウラワの試合が無かったし、全くもってストレスが発散出来ていない。ああ早く、ウラワの勇姿を拝みたい。その為には、あと4日間仕事に明け暮れなくてはならないのだけれど、それを完全に払拭できるのは、ウラワとの週末しかあり得ない。 ◇谷間の世代◇ 4.25いつの間にか、谷間の世代という呼称が使われなくなっている。確かに1年程前までは、今の五輪代表を含む世代はそう呼ばれていた筈だし、メディアの扱いもそれ以前の世代と比較すればぞんざいなものだったと記憶している。それが、03年のワールドユースで予選を勝ち抜き、五輪の出場権を獲得した今、如何にその呼称が無意味なものだったのかを彼らは証明した。 今Jリーグのオールスターで、投票の上位を見ると五輪世代がかなり入ってきている。オールスターは人気投票の側面があるから、一概にそれが実力とは言えないけれど、それでもほんの1年前には“谷間”とある意味馬鹿にされていた彼らが着実にクラブでスタメンを奪い、最終的にはオールスターの投票上位へと顔を出してきた事実を、きちんと認識しなくてはならないと思う。特に予選敗退を喫した01年のワールドユース組から、石川や森崎兄弟をはじめとして、那須、山瀬、黒河、根本、前田などの選手たちはきっちりとJでレギュラーを掴み、アジアを突破した五輪組でも中核を担う選手となっている。 確かに、中田英や小野の様な突出した才能では無いかも知れないけれど、いきなり海外へと飛び出せる才能では無いのかも知れないけれど、それでもクラブでの日常は変わること無く毎日続いているのだ。代表だけがフットボールではないし、海外のクラブへ移籍する事だけがフットボールではない。Jのクラブで成長する事だって立派な選手の人生であり、その部分から目を逸らしていると見るべきものを見失ってしまうと思う。 だからこそ、谷間と言われ続けた彼らが目標を見誤る事無く地道に成長を続けてくれた事を、Jのサポーターとして誇りに思うし、これこそが誇るべき日本のフットボール文化だろう。注目度が低かろうがやるべき事は変わらない筈で、クラブでの目に見えない積み重ねが如何にフットボール選手にとって重要なのだと考える。谷間という下らない呼称を払拭した彼らが、それを大きなバネにしてJでどんどん成長していってくれる事を願う。そしてこの世代に限った事ではなく、地道な活動をしながら力を発揮している選手達が、きちんとした評価をされる事を願う。 ◇試合数◇ 4.23エメルソンには試合が足りない。だから、毎試合あんなに飢えた獣の様な姿で貪欲に得点を求め、相手ゴールへと突き進むのだ。足りないからこそ、試合の中では誰よりも優れた集中力を発揮する。 今、欧州のトップリーグに所属していて、UEFA杯に出られる以上の順位に位置するクラブは、年間スケジュールがとてもタイトになってきている。まず自国のリーグ戦が30数試合あって、国内のカップ戦がある。それに加え、チャンピオンズリーグやUEFA杯があり、またその予備選などもあるから、それぞれのカップ戦を勝ち抜いて行くとクラブレベルだけで60近い試合消化になる事も珍しくない。また、それに加えて代表の国際Aマッチを含めると、年間の合計で70以上の試合に出場する選手も出てくる。余裕があるクラブならば、多数の選手を抱えながらターンオーバー制を敷く所もあるけれど、折からの不況下、そんな裕福なクラブは多くない。UEFAは試合数を減らそうという気持ちを余り持っていない様だから、結果選手達がピッチを踏みしめる回数は増えこそすれ、減る事は無いだろう。 また、エメルソンの祖国ブラジルも、試合数が多いことで有名だ。個人的に詳しく調べている訳じゃないけれど、州選手権と全国大会、カップ戦にリベルタドーレス杯など、彼の国では年間80試合以上の公式戦が行われる事も珍しくない。勿論それに代表の試合もプラスされるのだから、その試合数の多さといったらない。頭の下がる思いだ。 それに比べると、やはり日本は試合数が少ない。Jリーグで30試合、ナビスコカップで最大11試合、それにシーズン終了後オマケの様に行われる天皇杯で最大5試合と、合計しても50試合に満たない。代表戦はあるけれど、欧州の主立ったクラブやブラジルの国内と比較すると、いかにも試合数が少なく感じる。 今欧州では、試合数の増加が問題になっていて、良好なフィジカルコンディションを維持するのが選手達にとってとても難しい状況になり、怪我を抱える選手が増えてきていると、そのスケジュールを見直す動きもある。実際、チャンピオンズリーグは去年ルール改正を行って試合数を減らしたばかりだ。増え続ける試合数に、不満を隠さない選手も少なくない。 ただ、それは多くの試合で経験を積んだからこそ言える言葉だ。賃金を沢山稼いで、自分をケアする余裕が出てきたから言える事だ。若かりし時、自分の力をアピールしたくてうずうずしている時、果たして試合が多すぎて嫌だなどと話す選手がいるだろうか。試合に出たくて仕方のない選手が、そんな不満をいう筈もない。代表のユニフォームを着る機会も無い我がチームのエースストライカーは、仲間が代表の試合に出ているのを見て羨んでいるかも知れない。達也が、啓太が、山瀬が、ギリシャの地でフットボールに勤しんでいるのを見て、身体が疼いているかも知れない。 稀代のゴールハンターは、ゴールを、フットボールを、常に欲している様に見える。彼からフットボールを取り上げたら、そこには何も残らない。多分エメルソンの口から“試合が多くて辛い”などという言葉を聞く事は無いだろうし、多分それは彼にとってフットボールが仕事以上の何かだからなのだと思う。あれ程貪欲なゴールへ向かう姿勢も、時に熱くなってカードを頂戴してしまう姿も、全てはそこに集約される。エメルソンには試合が足りない。僕にとっても。 ◇CLを見ながら◇ 4.22チャンピオンズリーグの準決勝を見ていて、モナコの美しいパス回しにしばし見とれていた。前半、彼らの時間帯はそう多くは無かったけれど、それでも自分たちの意志で攻撃を組み立てる姿はその舞台に相応しいものだったと思う。タレントではチェルシーの方が一枚も二枚も上なのは当然で、そこにはお金の差が厳然と存在する。その戦力差が結果に直結しない所にフットボールの面白さがあり、チェルシーにとっては受け入れがたいだろうリザルトは、事実でしかない。 戦力的に劣るとされるモナコが、退場者を一人出しながらも2点差をつけて勝利出来た要因は果たして何なのだろうか。昨日の主審は、あからさまにホームアドバンテージをもたらすものでは無かったし、ホームの利というだけの理由ではない筈だ。両者には、少しだけチームとして統一された意識に、差があったのだと思う。 決してモナコが圧倒的に強い訳では無かったけれど、彼らは自分たちでボールを保持している時も、相手が攻め込んできている時も、自分たちが今何をすべきか理解しながらプレーしている様に見えた。ボールを持っている時間は、シンプルにボールを動かしながらサイドの上がりを待ち、特にプレースタイルが特徴的な左サイドのロテンをメインに使いながら攻撃を仕掛けた。ロテンまでボールが来れば、彼はサイドで無理をする事なく、簡単に見える動作で良いクロスボールを供給し続けた。チェルシーにとってはその攻撃を続けられる積み重ねが、徐々にダメージとして蓄積されていく事になった。それが、後半の失点に結びついていったと思う。 一方のチェルシーは、相手に退場者が出て数的有利になった段階で、一挙果敢に攻め込もうという姿勢を見せた。メルキオットに代えてハッセルバインクを投入して3トップになり、バランスを崩してまで得点を奪いに行った。アウェーゲームで1−1の同点だったのだから、結果論とすればそのまま試合終了を迎えても何ら問題は無かった筈だ。それでもラニエリは勝負に出た。僕は、チェルシーがリーグ戦を含めて3トップの布陣を敷いた姿を見た事が無い。ラニエリは、最近の不調を払拭すべく、勝ち越してホームへ戻りたいという気持ちがあったのだろう。だからこそこんな布陣にしたのだろうし、失点してからフートを入れた所に、采配の迷走ぶりが明らかになる。 モナコは普段通りのフットボールを心がけていたと思う。前半、同点に追いつかれてもそれ程慌てた素振りは見られなかったし、チェルシーの時間帯が続いても集中力を保ち続けた。逆にチェルシーは、ベロンの配置にしてもハッセルバインクの投入にしても、慣れないシステムとポジションを取り入れて失敗した。両者には、そんなに大きな差は無かったと思っている。その明暗を分けたのは、ほんの少しの気持ちのズレじゃないかと思うのだ。 攻撃的に行きたいが為に、いつもとは少し違ったポジションへと配置される選手。プレーゾーンが日常と若干異なるが為に、ボールの回りかたやプレスの掛かり具合が少しずつずれてくる。そういった微細なズレが積み重なっていき、最後にはチームプレーが破壊されてしまう。チェルシーは、自ら自分たちの機会を奪ってしまったのかも知れない。また、モナコは人数が減った事で、自分たちがやらなくてはならない事を選手達がより明確に理解し、狂気の集中力を保ち続けた事が勝利に繋がった。その集中力は、普段からバスク人監督によって叩き込まれた戦術的なクオリティーが高いからこそ、生まれたものだと思う。 今のウラワは、モナコの様な戦いを見せる事が出来るのだろうか。モナコの鬼気迫る戦いぶりは、チームが高いレベルで意識統一されていたからこそだと思う。今思えば、デシャンのスタートは楽なものでは無かった。解任の噂すらたっていたのだから。それが今ではチャンピオンズリーグの準決勝で、これ程の試合を見せられるチームへと成長させたのだ。ウラワが、どのレベルまで上がっていけるかは判らないけれど、まだ7試合の公式戦を消化したに過ぎない。モナコの激しいながらもきちんと統制されたフットボールを見やりながら、考える。 ◇一緒に◇ 4.20やはり現場に行っていないから、考える事ばかり増えて余り生産的でない。行動が伴っていないから、どうしても理詰めで考えるばかりでそうしていると物事をプラスに考える事が難しくなるから、恐らくこれからの二週間はあまり楽しい日々では無いと思う。いや、前向きに考える事にしよう。 確かに、高いレベルで見れば今のウラワが見せるパフォーマンスに不満が出てくるのは仕方のない事だと思うし、今のフットボールはお世辞にも戦術的に良いレベルにあるとは言えない。所謂フリーランニングも少なく、攻撃的に人数を掛けている割には効果的なフォローアップが絶対的に足りていない。ディフェンス時にもポジショニングバランスを崩す場面が散見されるし、もっともっとやれるだろうという気持ちは常に持っている。去年のセカンドステージの方が、余程良いフットボールが出来ていた。 ギドが新人監督だから、という前提はあと少しの時間許されるものだと思う。オフトが同じような事をやっていたら(やる筈ないけど)間違いなく今より叩かれていたと思うし、新人監督が目指す全貌が見えない今は、何とも言えないのだ。最近ずっと書いている通り、監督のやり方が浸透するまでにはそれなりの時間がかかるものだし、今それが上手く行っているのか、それとも監督が考えるものが全く表現出来ていないのかすら判らないのだ。もしかすると、ギドのやり方はとても時間がかかるものであり、完成に近づいたらもうそれはとても素晴らしいフットボールが僕らの目の前に現れるのかも知れない。また逆に、ギドの引き出しが思ったよりも少なく、待ってはみたもののどうしようもなく秩序の無いフットボールを見るハメになるのかも知れない。 どんな結果が出てくるにせよ、それを僕は待ってみようと思う。個人的には、オフトが目指すフットボールが好きだったし、彼が辞任するという一報を聞いたときには心底落ち込んだ。折角良いフットボールが出来てきたのに、という気持ちはとても強かった。だけど、自分のクラブが新たなステージを目指し、新しい監督を招聘してそれに伴う大がかりな補強も行った。自分の考えとは随分違った方向へとチームは動き出したのだけれど、それが現実なのだ。 大げさに言えば、僕は自分の中でウラワの変化を受け入れた。より強いチームへ、より大きなクラブへ。ウラワは飛翔しようと必死に羽ばたいている。監督、選手は勿論の事、クラブに関わる全ての人達、サポーター、全てが大きく変化しようとしている。僕はウラワがより大きなクラブへと成長してくれる事をずっと願っているし、その渦中に居られる事を心から嬉しく思う。その中で、自分も成長していきたい。 ◇何が正しいかなんて誰も判らない◇ 4.19去年の後半、オフトのフットボールが根付いてきたウラワは、とても安定したボール回しを出来るチームになっていた。各選手が試合開始時のシステムを極力崩さず、常にポジションのバランスを取りながらグラウンダーのパスを小気味よく回す。そして、前線の選手がフリーになれる様に時間をかけ、上手くマークが外れた瞬間に縦パスを急所に打ち込む。追い越し禁止とか、前後分断などと揶揄されたものだけれど、ポゼッションしながらチーム全体で相手を押し込んでいく迫力はそれまでウラワではお目にかかった事のないものだったから、チームが成長していくに連れ、僕はその美しさにどんどん引き込まれていった。 去年は、エメルソンと達也の早さばかりが強調されていたけれど、実際彼らのスピードを引き出したのはチーム全体のポゼッションが上がってきたからで、オフトが良く言った「試合を支配するフットボール」というのが徐々に出来てきたからこそ、フォワードの二人が得点を重ねる事が出来たのだと思っている。また、ポジションを崩さずに攻めるから、攻撃時に人数が足らないという指摘もよくあった。確かに、サイドから選手がオーバーラップを仕掛けたり、中央からボランチがゴール前まで上がってきたりする回数はとても少なかった。その分、フォワードが有効に使えるスペースは常に提供され、決まった位置に選手がいるからディフェンスであたふたする場面も少なかった。実際に失点も少なかったし。 ある意味、完成度はとても高くなっていた。選手達は自分が何をすれば良いか的確に理解していたし、またその役割をきちんと全うする事が出来る様になっていた。極端に引かれた相手に苦労する事も多かったけれど、オフトは無理をせず自分たちの精度を上げる事だけに注力し、セットプレーで得点を奪う事が出来なくても何食わぬ顔でショートパスの練習を続けた。オフトは、それまでやってきた積み重ねを続けていけば、より高いレベルで試合をコントロール出来る様になる筈だと解っていたのだと思うし、それだけウラワは成長していた。 そこまで、1年半の時間がかかっている。当初は3年かかる筈だった計画を、2年に修正しながら。ナビスコを獲り、優勝まであと3試合という時点まで達しながら最後の最後で失速したチームのレベルになるまで、1年半の時間がかかったのだ。 始めは、どうなる事かと思った。2002年の開幕戦は横浜Fに手も足も出ない完敗であり、ファーストステージは5勝9敗1分という悲しい数字だった。そこから、セカンドステージでは怒濤の8連勝と6連敗を経験し、少しずつチームは成長していく。去年のタイトル獲得は、そんな積み重ねの中で起きたいわば必然の出来事だったのだ。そして、最後で失速してしまったのもまた、必然だったと思う。 オフトはよくこう言っていた。 「チームは急に変化する事はない。急に見えるのは、それまでの積み重ねがたまたま表に出てきただけの事。」 もうオフトはウラワを去った人間で、新しい監督を迎えたウラワにとっては過去の人だから、彼の話をするのは止めようとずっと思っていた。だけど、昨日の駒場を見て、嫌に性急になってしまった駒場の雰囲気を見て、オフトの言葉を思い出しては反芻する様になってしまった。フットボールに正解は無いし、強豪チームになるためには、自らの信じたフットボールの完成度をただ上げていくしかない。精度を高めていくしかない。それは時間がかかる作業であり、耐える時間も多くなる。でも、新しいスタイルをウラワが受け入れ、目指すからには、その完成に近づくまでサポートしていきたいと僕は思っている。もう一度、オフトの言葉を噛み締めながら。 ◇そっか、手話で応援していたのか!◇ 4.18残念ながら、今日は体調が戻らず駒場へ行く事が出来なかった。だから、あの静まりかえったスタジアムがどの様な理由でそうなったのかを知り得なかった。テレビを見ておかしな雰囲気に気づき、ネットで情報を漁った。清水戦を含む今年の戦いについて、コアなサポーターグループは納得していなかった様で、今日は“静観”するという事になったらしい。 その懲罰的なサポートが功を奏したのか、予想通り良く組織された大分に対して高い個人能力を生かし、果たしてウラワは4点を奪った。終了間際に稚拙なミスから1点を失ったものの、試合を通して見れば快勝と言って良い結果ではないだろうか。これで3勝2敗1分の4位となり、得点は15、失点は12。失点も多いけれど、得点は首位の磐田と並んでリーグトップに並んだ。エメルソンは今日ハットトリックを決め、これまたグラウと並んで得点ランキングトップ。因みに去年のファーストステージでは、6節を終えて2勝3敗1分、得点9失点10だった。 勘違いしてはいけない、これが今の実力だ。どれだけ補強をしようと、代表選手が沢山いようと、それだけで勝てるチームになれる程、フットボールは簡単なスポーツではない。新しい監督の下、去年までとはまるでコンセプトが異なるフットボールをやろうとしているのだから、そりゃミスだって沢山出るだろう。選手達が今まで培ってきた、ポジショニングのバランスを取りながらポゼッションを上げていくというフットボールの価値観を変化させ、新しいやり方を自分たちで必死に消化している最中なのだ。その様な時、自分たちの思うとおりにプレー出来ない時間が出てくるのは仕方のない事で、それが怠慢なプレーに見えてしまう時もままある。 時間がかかるのは、開幕する前から判っていた事じゃないのか。多くの代表選手が合宿や大会に呼ばれ練習すらまともに出来ず、そんな中彼らは必死に戦っているのだ。今日テレビを見ながら、無性に怒りの感情がこみ上げてきた。僕は日本平へも行っていないし、今日の駒場へも行けていないから大きな事が言える立場でないのは判っている。それでも、他に方法があったんじゃないかと思うのだ。選手達のメンタルに問題があるとは思えない。精神的に弱いチームが、あんな試合のすぐ後に、前半で3点を奪う様な試合を出来る筈がないから。 何がチームの為になるのかは判らない。でも僕は、今日行けなかった分も含めて、次の埼玉スタジアムでは死ぬ気で声を出そうと思っている。マンネリで結構。僕は、それが一番伝わる方法だと思うから。 ◇攻撃力◇ 4.17ウラワには、攻撃的なタレントが数多く在籍している。エメルソンを筆頭に、今年は攻撃的な選手が供給過剰気味でさえあると言えるだろう。ギドは彼らをなるべく同時にピッチへと送りだそうと努力している様子で、それが開幕前後に見られた3トップに現れていると思う。システムが2トップに固定されてきた感のある今でも、中盤の両サイド、所謂ウイングバックにアレックスと永井を起用しているのだから、どうにかしてこの豊富なタレントを使い切ろうと苦悩しているのが想像出来る。 その方向性が正しいかどうかなんて誰にも判らないし、最終的に責任を伴った決断をするのは監督だ。今は、まだ不協和音が垣間見られ、攻撃的に行くという方針だけが一人歩きして、組織的に有機的にチームが動けていない。失点が多い事だって、単純に守備組織だけの問題ではなく、チーム全体の問題だ。今年のウラワを見ていると、選手一人一人が自分の仕事に対して自信を持って取り組んでいる様には見えず、常に試行錯誤を繰り返しながらプレーをしている様に感じる。 フットボールに限らず、プロのスポーツは結果が全てだから、勝ちながらチームを成長させるのはとても難しい。特に監督は、結果を常に求められる存在だから、個人的な仕事のベクトルが勝利へと振れてしまうのは良くある事だ。今のウラワも、結果と成長という極めて脆弱なバランスの上で戦っている。セオリーに基づいて考えれば、選手の配置や戦い方など、他にもっとリスクが少なく効率的な戦い方を選択する方法もあるだろう。勝ち点を最重要視するならば、守備組織を重点的に鍛えて、よりタイトな戦い方になる筈だろうし。 しかし、ウラワの向いている方向は違う。攻撃的センスに溢れるタレントを出来る限り使い、攻撃に最大限の人数をかける。技術とスピードに長けたその迫力ある攻撃は、未完成の今でも十分畏怖の対象になるレベルにある。この方向性が変わらぬまま、チームの機能性がより上がっていけば、もしかするとこのチームはJリーグ史上見たことのない攻撃力を誇るものになるかも知れない。そして、その可能性は低くない。 明日対戦する大分は、優れた監督と戦術理解力に富んだ選手達によって、とても良く組織されたチームになっている様だ。そういったチームの例に漏れず、高く保たれたディフェンスラインと、コンパクトを維持する為に行われる労を惜しまぬプレッシング、そして高い位置でのボール奪取から行われる素早い攻撃が、彼らには意識付けられている。この前大分に喫した敗戦からそれ程時が経っている訳ではないから、明日のゲームを楽観視出来る要素はどこにも無い。素早いプレスに慌てる場面もあるだろう。プレースキックでひやひやさせられる事もあるかも知れない。だからといって、今ウラワは守りに入るべきではないと思うし、自分たちの持つポテンシャルを信じて、常に攻撃的な姿勢を崩さず戦って欲しいと思う。相手がウラワの攻撃を怖がれば怖がる程、試合は自分たちに有利な動きをするのだから。 監督や選手だって人間だから、清水戦の様な経験をすると気弱になるだろうし、迷いもすると思う。それでも、僕らサポーターがいちいちそれに反応するのは馬鹿馬鹿しい事だ。今のウラワは失点が多いチームである現実を受け入れて、相手より得点を多く奪う事を目指してサポートしていきたいと考えている。勿論、攻守のバランスを取るのは監督の仕事だからそれはやって貰わなければ困るけれど、今まで見てきたウラワの歴史上これだけタレントが揃った時期は無く、またそれに見合った理想を掲げているのだから、僕はその成長を最後まで見届けたい。僕らのチームが、恐ろしい程の攻撃を継続的に発揮できるチームになるまで。 ◇頑張ろう◇ 4.16日本平でギドが後半に見せた選手交代は、今まで何度もフットボールの世界で行われてきたものだ。相手より数的不利に陥ったから、ディフェンスの選手を入れて守る事を選択する。理論的には当然だと思うけれど、実際それで失敗した例をこれまで何回も見てきた。また逆に、自チームに退場者を出しながら、相手を上回る組織だったプレーを見せて勝利を奪い取るシーンだって、十分に目にしてきた。単純に、相手より一人減ったからといってそれが勝敗に直結する訳ではないし、そればかりだったらフットボールはつまらない。 去年のウラワは、退場者を出す事がまず少なかった。そんな中、一発でニキフォロフが退場してしまった試合がある。10月のセレッソ戦は、両チームスコアレスの状況でニキフォロフが森島を後ろから引っかけて、ウラワは一人少ない状況に陥った。しかしそこでウラワは慌てる事無く、それ程大きくシステムを変えずに戦い、結局3点を奪って快勝した。ナビスコの決勝でも、途中エメルソンと坪井が怪我で試合から離れ、十数分の間9人で戦い、そこで高い集中力を見せて相手の攻勢を防ぎきった。 だから、一昨日の試合でウラワがあれだけバタバタしたのは、チームも選手も、そして監督も未成熟だから、というのが理由になるのだろう。慌てて室井を投入して4バックにした監督の選択は褒められるものではなく、それを消化しきれないチームは組織がしっかりしていない現れだ。また、選手一人一人が自らの職務をしっかりと果たせない所にも問題があるだろうし、何か一つが悪いというものでもないと思う。成長過程にあるチームの中で、特に攻撃面に注力してチーム作りをしているのだから、もとより守備面に脆さを抱えるチームなのだ。そんなチームが退場者を出して、尚かつ慣れないシステムを導入したらどの様な結果になるか想像するのはそう難しい事ではない。 ギドは、新人監督として大きな失敗をした。これを次につなげる事が出来るかによって、彼の監督としての能力に変化をもたらすと思うし、是非これを糧にして成長して欲しいと思う。試合後のコメントを見ると、「ディフェンスを増やしたのに失点を重ねてしまった」という言葉があったから、これが選手達との信頼関係を揺るがす事にならないのを願っている。現実的には室井の投入がチームに混乱をもたらしたのは明らかで、去年の様に選手一人一人の戦術が明確でない今年のウラワにとって、試合途中での無謀なシステム変更は致命的な失策になる可能性が高い。今の所、ギドは確固たるシステムを決めかねている状況の様子だから、清水戦の様な浮き足だった戦いはまだまだ続く事が予想される。今は、間違いなく耐える時だ。タレントは間違いなくJで屈指のものなのだから、監督と選手が信頼関係を失うことなく仕事を続けて欲しい。 また僕は、あんな試合をビデオでみながらも、まだかなり楽観的な考えでいる。その根拠は、今年の初めに五輪代表が見せた、突然変異とも言えるチームの変化があったからだ。それまで、リベロに青木や阿部が入る事の多かった五輪代表チームは、技術的には秀でたディフェンスラインから優れたビルドアップを繰り返していたけれど、事ディフェンスになると高さへの不安が顔を出して常に不安定な守備組織だった。しかし、そこに闘莉王が加入し高さへの不安が解消した途端、とても安定感のある組織へと変貌していった。その変化は、本当にあっという間のものだったと思う。これが、ウラワにも該当しないと誰が言えるのだろうか。 今、選手不足からディフェンスで起用されている内舘と平川は、お世辞にも高さや強さに自信があるとは言えないし、ディフェンダーとしては経験不足の面があるのは否めない。ここにニキフォロフと闘莉王が復帰する事で安定感が増し、チーム全体に良い意味で大きな影響を与えると予想される。一人や二人変わった位でチームが変わるのか。それは、五輪代表の変化がその答えになる筈だし、逆の見方をすれば、リオ・ファーディナンドを欠いたマンチェスター・ユナイテッドの不振もヒントになると思う。 ちょっとまとまらないけれど。ウラワはまだ何も完成されていないし、完成に近づいてもいない。未完成のチームが、これからどこまで伸びるかは自分たちにかかっている。そしてまた、その伸びしろがとても大きいものだと考えているのは、僕だけじゃ無い筈だ。既にシーズンは5試合を消化し、それなりに結果が出始めている。僕らが今すべき事は、この未完成のチームを鼓舞し、より強いチームにする為に同じベクトルを向く事じゃないだろうか。悲観的になっている暇はない。明後日には、ついこの間駒場でウラワに土をつけた大分が再びやって来る。組織だった良いチームになっているのは、この前の対戦で判っているのだから、今度は足下をすくわれる様な事はあってはならない。僕は、そのために全力でサポートする。 ◇はぁ◇ 4.15清水にあんな負け方をしたからか定かではないですが、思いっきり風邪を引いてしまいました。まあ、実際は嫁にうつされたのですが。という訳で、昨日今日と文章を書ける状態にありませんので、更新が出来ません。メールや掲示板の返信も、明日以降に頑張りますので、ご了承下さい。それでは、皆さんもお体には十分お気を付けて。 ◇大人になりきれない。◇ 4.13全く、大の大人が5人も集まりながら、ファミリーレストランのコーヒー1杯だけで5時間近くも話し込むなんて正気の沙汰ではない。日本人で最も多い血液型の僕は、初めのうちお店の人達の顔色を伺いながら話をしていたのだけれど、時間が経つにつれて段々どうでも良くなってきた。ファミレスの店員は律儀に時間を計りながらコーヒーのお代わりを注ぎに来てくれるのだけれど、それに対して追加注文をする素振りを一切見せない僕らの様な客は、ほんと迷惑極まりない存在だろう。高校生じゃあるまいし。 結局、都内某所のロイヤルホストで午後6時半から11時近くまで話し続けた僕らウラワサポ5人のお会計は、2030円也。そしてその間話された内容の90パーセント以上を、ウラワの話が占めていた。それも戦術的な話は一切無くて、殆どがウラワにまつわる小ネタの集積だった。如何にウラワが格好良いクラブであるとか、あの試合が思い出に残っているとか、スタジアムでの喫煙は如何なものだとか、本当にいつでも出来るような話が次から次へと誰からという訳でもなく出てきて、会話は途切れる事が無かった。フットボールを取り巻く環境の話だけで、初対面の人を含む集まりながらこれだけ熱中した話が出来てしまう所に、ウラワ文化の誇りがある。 これが、今日とてもひっそりと行われたオフ会の真実。実利的な内容など微塵も感じさせない、とても“らしい”会だった。それでも、集まった人達のウラワに対するそこはかとない熱意がビシビシと感じられて、より一層ウラワに対するモチベーションが上がった、とても濃密な良い一日だった。元々、このサイトを見て貰ってメールを頂いた方々でお茶でもしましょう、というのが発端だったのだけれど、やはりウラワサポは万国共通である事が再認識出来て、これからもこういった集まりがボチボチ出来れば良いなと思っている。 僕も含めて、今日集まって頂いた面々が皆話していたのが、ウラワを見ていて共有できる“感動”について。ウラワの試合でチームが勝利したり、劇的なゴールを挙げた時に感じる、心を揺さぶられる様な感情は、日常生活では得られない種類のものであり、それをウラワ以外の事柄で探すのは極めて困難だという事。そして、それを得たいが為に毎週毎週懲りもせず足繁くスタジアムに通うのだし、それを得られる立場にいる僕たちは幸せだという事。 勿論、良いことばかりである筈がないし、時には厳しい思いや悔しい思いをする事も少なくは無いけれど、それでも勝利を掴み取った時の感情の爆発は、それを補って余りあるものだ。人生論的に大上段へ構える積もりは無いけれど、スタジアムで得る事の出来るこの素晴らしい心の抑揚を、是非知らない人達にも伝えたいという、勝手な思いこみがある。それがどんな方法によってなされるのかは全く判らないし、それが正しいのかも判らない。ただ、僕はウラワを知る事によって自分の生活に刺激が増え、少しだけ人間の幅が広がったと思っている。人によって判断は違うだろうけれど、少なくとも食わず嫌いで放っておく程、ウラワの価値が低いとは思わない。僕はウラワの試合を1試合見ただけではまり込んでしまった口で、まだ見たことの無い人達の中にも、僕の様な輩は沢山存在するのでは無いだろうか。 だから、人から間違っていると言われようが、押しつけるなと言われようが、取りあえず少しでも興味のありそうな人には無理矢理にでも“生ウラワ”をお勧めしている。駒場は無理でも、さいスタで。味スタで、横国で。そして、その他に何か方法が無いかと、模索している最中だ。だって、埼玉スタジアムが、毎試合6万を超す観客で埋め尽くされる光景を見たいから。 今日集まって下さった方々、遅くまで話し込んでしまいすいませんでした。これに懲りずまたお願いします。個人的にはとても楽しかったです。 ◇日本平・一回目◇ 4.12もう明後日は鬼門日本平での戦い。水曜日開催だと選手には休む間もないけれど、J初年度はこれが当たり前だった事を思うと、隔世の感がある。土日が休みである通常の勤め人にとっては、水曜のアウェー戦はとてもじゃないけど参戦するのが困難だ。次節は、今期初めて応援に行けないリーグ戦の試合となる。同じような人も多いだろう。しかも戦地は足かけ8年も勝ち星から遠ざかっている日本平。前回の勝利は、97年のリーグ戦にまでさかのぼらなくてはならない。 何だか去年の終盤も似たような事を書いていた気がするけれど、事実日本平で感じるあのまったりしたアウェーチーム歓迎ムードにはいつも辟易していて、あの感覚がこちらの気勢を削いでいるのは間違いないと思う。それは清水の駅前から始まっていて、スタジアムでチケットをもぎる人は心からの笑顔で対応してくれる。2階席に陣取ると、今度はこれでもかとウエルカムモード全開のアナウンスが僕らを包み込む。それは、他のスタジアムでも経験できないちょっと異様な感覚だ。単純にお客さんが少ないとかではなく、一杯入っているのにも関わらず何だかとても緩い空気に支配されているのだ。勿論それだけが勝てない理由では無いだろうけれど、やはり日本平の雰囲気は独特だ。ウラワに清水出身の選手が多い事も、理由の一つかも知れないし。 ただ、次節だけは少し話が違う。今年、ウラワに大きな期待を背負って移籍してきたアレックスの存在だ。僕らが西部洋平に対してするのと同様かそれ以上に、清水のサポーターはアレックスに敵意をむき出しにするだろう。試合前から容赦ないブーイングが飛んでくるだろう事は、容易に想像出来る。ここ数年、清水のサポーターがウラワの選手に対して威圧感を与えようとする事は希であり、明後日見られる筈の光景は、それがウラワにとって逆に追い風となる可能性があると思う。 フットボールの面白い所は、純粋にチーム力だけの差で勝敗が決しない所にあると思う。去年のJリーグセカンドステージ、ウラワが9人の清水に負けたのは実力差以上の何かがあったからこそだと思うし、その要因の一つに現地の雰囲気というものがあった。ある意味、明後日の試合は日本平が本当の意味での“敵地”になりそうな気がして、それが試合の雌雄を決する一因になりそうだと一人考えている。個人的には、アレックスに対してどんどん攻撃をして欲しい。それがアレックスだけでなく、僕らの魂に火を点ける事になるのだから。 そうそう、明日は都内某所でひっそりとオフ会をやる予定です。本当にひっそりとですが、地道に“周囲の人達をウラワ化しよう計画”を実行中です。色々考えている事もありますので、こういった趣旨にご賛同頂ける方がいらしたら、お気楽にメール下さい。僕は適当な人間なのでどこまで本気なのかは誰も判りませんが・・・。 ◇神戸戦◇ 4.10神戸はミスが多く、勝手に自滅する場面が多かった。だから、今日のウラワが見せたパフォーマンスに満足するかと問われればそんな事は無いけれど、それでも少しずつ選手同士の関係性が噛み合ってきた兆しが見受けられたから、不満という訳でもない。 今日は前節からまた少し選手の配列が変わり、達也の1トップに長谷部、山瀬が1・5列目に入る新しい前線の形を見せ、中盤は左からアレックス、啓太、山田、永井が並んだ。今日は、以前より永井を高い位置で仕事させようという意図が明確で、山田はこれまでより随分右サイドのカバーへと顔を出して、永井のサポートへ入る事が多かった。それは逆サイドの啓太とアレックスの関係にも言え、この辺りの連携は良くなってきたのではないだろうか。立ち上がりから、アレックスと永井は良く相手サイドのスペースへと進出し、何とかスペースを使った攻撃をしようと試みていた。 1トップに入った達也は、キャラクターとしては身体を張れるタイプではないけれど、逆にそのスピードを生かして裏へと抜け出るプレーを積極的に仕掛けていた。立ち上がりに取ったPKも、その一連のプレーから生まれたものだし、ボールホルダーはそんな達也の姿勢を生かそうと裏へのパスを出し続けた。浅いディフェンスラインを敷く相手の裏側を狙うプレーは、去年のウラワに足りなかったプレーの一つだった。昨日達也は、今までに無いくらい沢山オフサイドに引っ掛かったけれど、それは彼を生かそうというイメージを皆が持っていたからだと思うし、エメルソンが帰ってきても、この姿勢は崩さないで欲しいと思う。 ディフェンス面では、引きずる課題をクリアに出来ず、随分と苦しんでいる。やっぱりセットプレーから失点してしまったし、一旦相手のリズムになるとプレスの掛かりが悪くなり、ボールを奪う事すらままならない。前線からプレスがかからないから、浅く設定しているディフェンスラインの裏側を、相手は余裕を持って狙う事が出来る。今は、坪井と平川、内舘の3人がある程度スピードを持っているから裏への対処は何とか凌いでいるけれど、本来はもっとボールを自分たちでコントロールしなくてはならないし、相手ボールになったら高い位置で奪う姿勢を貫かなくてはならないのだろうと思う。そういった意識は、まだまだ。恐らく、ディフェンスラインに二人の巨人が帰ってくれば、ウラワはまたひと味違ったチームになると思う。局面での競り合いでそう簡単に負ける事が無くなり、安定感が増す筈だ。しかしながら、今の様な緩いプレッシャーしか掛けられなければ、同様に裏を狙われる回数が減る事無く、スピードに些か不安のあるニキフォロフと闘莉王にとっては厳しい場面が増えるだろう。 全体を通してみれば、ウラワはとても若いチームだと言える。一旦攻撃に入れば、個人の高い能力を生かして迫力のある攻めを見せるし、昨日も随分決定機を多く作り出した。何度かあった“超”決定機のいずれかが決まっていれば、昨日の試合はもっと早い段階で決まっていただろう。しかし、そういった自分たちの時間帯を生かせないと、やすやすと相手へ試合のペースを譲り渡してしまい、なかなか自分たちのペースを取り戻すことが出来ない。また、1点リードの終盤でも、自ら能動的に時間を使おうというシーンもなく、ただ闇雲に攻め込んでは跳ね返され、それがピンチを何度も作られてしまう要因にもなった。 ただ、何度も言う様に、今のウラワは新しい攻撃的なチームへと生まれ変わろうとする初歩の段階だ。リーグが始まって5試合、漸く選手同士の理解が進んできたけれど、決してチームの熟成が進んでいる訳ではない。今は、昨日の様にチーム力の劣る相手から勝ち点を拾う事がとても重要で、そうやって勝ち星を積み上げながら同時に戦術的な熟成を進めていかなければならない時間だ。想像通り昨日は苦戦と言って良い試合になってしまったけれど、久しぶりに2万を超えた駒場のスタンドは何時も以上に密集していて、チームを上手くサポート出来たと思う。新しいコールも増えて、チーム同様サポートも新しい場面へと進化しようとしているのだ。チームもサポーターも、今はちょっと大変だけれど、ここを乗り切れればまた違ったステージが見えてくるのじゃないかと考えている。 ◇明日は新潟戦発売日。でもその前に。◇ 4.9何だかんだで、明日はもうJリーグ第4節の神戸戦。駒場での3連敗を許せる程僕は成熟した人間ではないから、明日は是が非でも勝利を掴み取りたい。今年の神戸をきちんと見ている筈もなく、話題先行のトルコ人もいない神戸の情報は手元に殆ど無いから、彼らがどんなフットボールでウラワに挑むかも判らない。ただ一つ言えるのは、ウラワが追い求めるフットボールを少しでも体現出来るよう注力し、出来る限りの集中力を持って戦いに挑めば、自ずと結果はついてくるという事だ。 具体的に神戸の戦力を見れば、柱と言って良かっただろうシジクレイが抜け、ゴール前での切れが鋭いイルハンを怪我で欠き、決して上位に食い込めるだけのものを持っているとは言い難い。しかし、現実的に彼らはJリーグでは勝ち点でも得失点差でもウラワの上に位置している。3試合で失点1、得点2。この成績が神戸の全てを表しているとは言えないかも知れないけれど、少なくとも戦術的に破綻したチームでないのは明らかであるし、嘗めてかかって勝利出来る相手でもない。 一番の問題は、エメルソンを不可解な出場停止で欠くウラワが、どれだけ自分たちの理想とするフットボールをピッチに描き出す事が出来るかという事だろう。残念ながら、ここまでのウラワは攻撃的に行くという姿勢こそ見られるものの、チーム全体が統一された意識の下、攻守に美しい姿を見せつけた場面をまだ見せられていない。五輪組は未だコンディションが整わない様子であり、新加入の選手達も含めてチームがフィットした印象が無いのだ。それでも、攻撃陣の高い個人能力と、成長著しい若きコンダクターの奮闘により得点を重ねてきている。 チーム作りに時間がかかるのは理解しているつもりだから、明日全てが上手く行くとは思っていない。また明日は、ウラワの飛び道具がそこにいないから、いつもよりも少しだけ得点を奪う可能性は低くなる。よりチーム全体の意識を高め、集中力を増して戦いに挑まなくてはならない。昨年の最終盤、エメルソンがいなかった2試合で、僕らは辛酸を舐めた。果たして、今のウラワはどれだけの底力を見せてくれるのだろうか。短い時間で、どれ程の進化をウラワは見せてくれるのか。 イルハンがいないから、相手がそれ程強いと思われない試合だからといって、またこの前の大分戦の様な雰囲気になるのはゴメンだ。実は、去年の天皇杯から駒場で2連敗している事を忘れてはならない。そして、その敗戦の理由を、何となくまったりした駒場のあの変な雰囲気に求める事も出来よう。今のウラワは、戦術もきっちりとは定まらず選手のコンディションも不安定なチームなのだ。決して常に勝利を確信できるチームではなく、どんな相手にだって苦戦する可能性がある。そんなチームのベクトルを少しでも上向きにするのはサポーターの仕事だ。 去年のナビスコカップ準決勝、清水との戦いでウラワが見せたサポートは特筆すべきものだった。ただ、それがあの1試合に止まっていて良い訳が無く、常にあのレベルのサポートをキープしたい。そうで無くては。 明日の試合は、今期を占う上でも結構重要なものだと思う。ウラワが上手く成長していけるのか、試金石となるだろう。だから、いつも以上に駒場の雰囲気を盛り上げる必要があると思う。何より、昨年の11月以来久しく遠ざかっている、駒場での勝利を見たいじゃないか。勝利を追い求める殺気だったスタンドの空気が、どれだけ選手に与えるものが大きいかを、ずっと考えている。いくら戦術的に未完成だろうと、選手が勝利を求める気持ちに違いは無い筈だ。狂おしい程の勝利への欲望。今、ウラワに一番必要なもの。 ◇もうまっぴらだ◇ 4.8ここは、浦和レッズについてコラムを書く場所だから、今日はそれをやるに適切な日ではないと考えている。フットボールは僕の人生にとって大きな意味を持っているけれど、それを上回る事だって幾つかあるのだ。とても今日は、フットボールやウラワについて語る気持ちになれない。人生に於いて大きな意味を持つ事柄でも、今日の様な日にはとても些細な事に感じる。 兎に角、馬鹿馬鹿しい。 ◇ジャッジをするのも人間◇ 4.7未だに、土曜日の事を思い返してむかっ腹を立て、どうにも虫の居所が収まらない。エメルソンが怒るのも無理ないと思うし、何であんなレベルの主審に巡り会わなければならないのだろうとか、何故相手の23番はあれだけ酷いプレーをしながら何のお咎めもないのだろうとか、考えれば考える程ムシャクシャしてきて、精神安定上非常によろしくない時間が続いている。 そんな折り、こんな記事を見つけてきてぐいと現実に引き戻された。ここの一番下に、僕が嫌う選手の筆頭格である選手のコメントが載っているのだけれど、この言葉を見てひとしきりうーんと唸ってしまった。彼にとって「アジアの審判らしく、ラフファイトOKという感じだったので、こちらももっとやれば良かった」という言葉は、とても自然で何気ないものなのだろう。彼らは、ウラワの選手たちを圧倒的に上回る海外経験を持っていて、主審がどんな判定基準を持ちながら試合をコントロールしているかを見抜くのが上手い。試合が始まれば、チーム全体でその基準を理解し租借し、自分たちが有利に事を運べるように振る舞いを決定していくのだ。 恐らく、磐田にとっては松村が優れた審判員かどうか等という事はどうでも良い事であり、要は如何に自分たちに有利な笛を吹いてくれるかどうかが問題なのだ。そのために出来る事は何でもするし、それは普段の生活にも入り込んでいるかも知れない。特に、Jの様なレベルに大きな差がある主審を抱えるリーグでは、彼らの対応によって試合内容が大きく変化する事も珍しくない。主審を自分たちの陣地に引き込むのも、立派なテクニックなのだと思う。 ウラワとの戦いに限った事ではなく、磐田の試合を見ていると主審が磐田よりのジャッジをする光景はかなり頻繁に目にする事が出来る。これは偶然じゃ無いだろうし、賄賂とかそういったレベルの話でもないと思う。全ては、グラウンド上での出来事だろう。そういった面ではウラワはまだまだ幼稚で、エメルソンが見せた態度もそれに同じく。ゴール裏の風景もまた、審判を味方につけようという感じではない。 まあ、磐田が見せる美しいフットボールに、審判が魅せられてしまっているという考え方もあると思う。審判だって人の子だ。結局言える事は、現実としてエメルソンの出場停止が覆らないという事であり、そう簡単に審判のレベルが向上する訳が無いという事。更に言えば、今のままのスタンスで審判を敵に回していると、余り僕らが恩恵を受けられないという事だろうか。ギドも試合終了後のインタビューで審判を刺激する様な発言をしているし、これからエメルソンは更にマークされるだろう。 試合後に審判へ対する愚痴を言っているだけでは、何の進歩も無い。マクロ的には、審判のレベル向上を謳っていく事も必要だとは思うけれど、現実的にこれだけ嫌な思いをさせられているのだから、何か解決方法を考えなくてはならない。それがトップダウンで出来る事なのか、それとも現場の雰囲気から変えていく事で変化する事なのか、僕には判らないけれど。 ◇雑談◇ 4.5忘れかけていたんだけれど、11月末に楽器店で頼んでおいたギターが昨日やっと入荷して、漸く僕の手元に届いた。Kヤイリという、結構マニアックなメーカーに半オーダーメイドの様な形で頼んでいたから、完成が遅くなったらしい。元々仕事の早い所では無いから気長に待っていたのだけれど、やはり待った甲斐があってかなり良い出来だった。僕はそんなにギターを上手く弾ける訳じゃないし、別にプロを目指している訳でもない。ただ、良いギターは持っているだけで楽しくなってくるし、また弾きたいと思わせる。昔高校生の時に、始めは安いやつで良いからどんどん練習しろとか言われた記憶があるけれど、今は全くそう思わない。下手なやつ程、良い楽器を手にした方が良いと思うのだ。その方がやる気が出るし、実際良いギターの方が弾きやすい事が多く、良い音が出るから弾いていて気持ち良い。弾くことが辛く感じる様なギターだと、練習する気さえ無くなってしまうだろうし。兎に角、久しぶりに価格に応じた買い物が出来た感じがして、磐田戦の敗北から少しだけ救われた心持ちだ。 あと、昨日友人が立候補した所沢市議会議員補欠選挙が選挙期間に突入した。市議選でも、駅前や公民館などにベニヤ板に貼るポスターが乱立するのだけれど、僕もそれを貼る手伝いに昨日行ってきた。ポスター自体は、恥ずかしながら僕が下手の横好きでデザインさせてもらっいて、自分が作ったものだけに貼る作業にも気合いが入った。これまで全く知識が無く、市議選だからと思って嘗めてかかっていたら、そのポスターを掲示する場所が何と430カ所もあるとの事。10人程度で手分けしながら車で貼って回ったのだけれど、静岡遠征で疲れた身体には厳しかった。貴重な休日を潰して頑張ったのだから、是非受かってくれよ、広瀬君。 あとどうでも良い事ですが、今日は僕の結婚記念日だったりします。結婚して1年、ホント瞬く間に時間が過ぎて行きましたが、大過なく過ごせたのは周りの人達に支えられてこそだと思っております。サイトも順調に成長し、今では沢山の人に見て頂ける様になりました。全てに対して感謝の気持ちで一杯です。今後も、今まで同様ウラワを支えるサイトであり続けたいと考えておりますし、出来る限り力一杯サポートし続けたいとも考えております。どうか何卒、今まで通りのご愛好の程、宜しくお願い致します。 ◇ある光景◇ 4.4今回の磐田遠征は、個人的にとても勉強になる旅だった。新幹線を降りて、掛川で東海道線に乗り換えようとする時、何と20分以上も電車が来なかった事。そして、そこで来た電車が4両編成というとても短い編成だった事。いやあ、かなりの田舎っぷりにホント驚かされた。鉄道のレベルだけを比較すれば、ウラワは超大都会だな。初めて行ったヤマハスタジアムのゴール裏の狭さにも驚かされたし、色んな経験が出来てとても良かったと思っている。 しかし、一番驚いたことは、東海道線の車中から見た小学生らしき少年達のフットボールだった。電車の窓際に立ち、何気なく車窓に映る風景を見ていたら、そこにはちょうど河川敷のグラウンドでフットボールをしている少年達の姿があった。それだけならなんて事はない、荒川でも見られる普通の光景なのだろうけれど、彼らがプレーしていたグラウンドには一面緑色の芝生が敷き詰められていたのだ。それに気づいた刹那、声をあげそうになってしまった。僕は衝撃を受けていた。 今まで小学生が日常的に使えるグラウンドで、あれだけ綺麗な芝を揃えたものを僕は見たことが無い。しかも、河川敷に2面、“オール天然芝”のグラウンドが確保されていたのだ。僕がいつも使っている東横線から見える多摩川の河川敷では、スペースの殆どを野球場に占められていて、一見緑色に見える場所はゴルフ場だ。フットボールが出来そうなスペースは、茶色に彩られている。この光景だけで判断出来る事じゃないのは解っていても、現実に“静岡”でこんなグラウンドを見せられると、まだまだ頑張らなくちゃならないなという思いに駆られる。磐田が美しくパス回しをする理由の一片が、かいま見られた気がした。 フットボールは文化だから。小さな事から大きな事まで、一つ一つの積み重ねがその地域を代表するフットボールへと繋がっている。静岡で見かけた、河川敷にある芝生のグラウンド。些細な事だけれど、こんな所でも負けてはいられない。何か、僕に出来る事はないのだろうか。 ◇まだまだ。◇ 4.3 残念ながら、今のウラワは10人で磐田に勝てるだけの実力が無かった。エメルソンが退場した時点で、試合の趨勢が決まってしまい、それを覆すだけの力はウラワには無かった。しかし、それ程悲観すべき内容だったかと言えばそうでも無いと僕は考えているし、これからの動き方一つでウラワはどんな形にも変化出来る。自らの判断で試合を終わらせてしまった主審は糾弾されるべきで、それはエメルソンに対する2枚のカードだけでなく、試合全般を通して目についた不自然なポジショニングと、数々のファールの見落としからも、彼の技量が低いレベルにある事実をだ。前半の早い時間に選手を退場させる事の意味を、彼は本当に分かっていたのだろうか。そのプレーが明らかに1発レッドカードに類するもの、例えばボールに行かず後ろからチャージしたとか、ペナルティエリア内で手を使ってゴールを防いだとか、それならばカードを受ける側も納得する事が出来るし、何よりそんなプレーを見逃す方が問題だ。しかし、今日のエメルソンは、少なくとも2分の間に2枚のカードを受けるプレーをしたか非常に疑わしく、更に言えば他の選手が行った同様のプレーに対してカードが出される事は無かった。著しくバランスを欠いたジャッジだと言え、ウラワはクラブとして正式に抗議すべきだと思う。 ただ、審判に対する愚痴を書き連ねた所で惨めな気持ちになるだけだからそれはこの辺にしておいて、試合の内容に対して思った事を。まず、一番に感じたのは選手達がまだまだ自分たちのフットボールを模索している様子が明らかで、戦術を確信したプレーが出来ていない事だった。特に相手が熟成に熟成を重ねた磐田だったから、ボールの無い場面で選手達が見せる動きの質に大きな格差が見えて、そういった面では厳しい戦いが続くだろうという今までの考えに、変化が出る事は無かった。また、磐田と比較するとミドルレンジのパスが明らかに少なく、フリーランの質も勿論の事、キッカーの技量にも差があると感じた。相手はディフェンスラインやボランチの辺りから、執拗にウラワディフェンスの裏側を狙った精度の高いパスが何本も出てくる。そこで起点を作って攻撃を組み立てようとする意図が明確で、それを受ける側としてはディフェンスラインがどんどんと押し下げられて苦しい戦いになる。 またウラワがボールを持ったら持ったで、常にバランスの取れたポジショニングから素早い集散であっという間にボールホルダーへとプレスを掛けられ、ボールを失う機会が多かった。いつもながら、磐田には完成度の高いフットボールを見せつけられた。 しかし、視点を変えるとウラワの未来が見えてくる。数的不利の状況で長い時間戦っていたから、余り目立たなかったかも知れないけれど、ウラワの選手は局面で負ける事が殆ど無かった。磐田は素晴らしく組織だった攻守で、常に相手より数的優位を作るからエメルソンの退場後はとても辛い時間が続いたけれど、それでもウラワの選手は精神的に負ける事無く訪れる局面を戦い続け、自らが持つクオリティを証明し続けた。囲まれ倒されながらも、長谷部は何度となく前へとボールを動かしていたし、永井は右サイドに位置して藤田をマークしながら、とても長い距離を何度も走り相手のオウンゴールを誘った。一番の大きな収穫は、精神的に切れてしまいそうな3点目を奪われた後の戦い方だ。3点目を奪って以降、磐田は中盤より後ろでボールを保持し、有効な時間の使い方をする様になった。人数の少ないウラワは、ボール奪取する事すら難しかったけれど、その少ないチャンスの中、最後の5分間に2度の決定機を作り出した。相手が疲れていたという事も勿論あるだろうけれど、あそこで諦めずに得点を奪いに行こうとする姿勢こそ、次へと繋がっていく事だと思う。 最後は長谷部と山瀬が前線に残り、永井と三上のアウトサイドという形で攻めた。長谷部は身体を張ってペナルティエリア内で仕事をしようと努力し、結果として報われる事は無かったけれどチャンスを演出した。個人個人を見ていけば、明るい展望を抱ける人材が揃っている。チームとして組織だったものを構築するのには時間がかかるから、僕らは応援するする事しか出来ないから、今の所見守るしかない。ただ、攻撃的なフットボールという思想を貫こうとする余り、とても厚い攻撃陣の選手層を使い切ろうとする余り、少しだけバランスを欠いた布陣になっているのは事実だ。フットボールは芸術ではないから、高邁な理想を追求するだけでは勝てないし、面白くもならない。卵が先か、鶏が先か。勝利が先か、面白いフットボールが先か。僕は、ギドとエンゲルスが理想を追求する途中で、すこしだけ妥協をしてくれると考えている。 それにしても頭に来るな。誰か磐田の23番をポアしてくれ。 ◇酔っぱらいの戯れ言。◇ 4.2僕が勤める様な小さな会社でも、新入社員が入ってきたりする訳で、その一方で辞めて行く人もいる訳で。今日は、社長を交えた打ち合わせと言う名の“新入社員歓迎&辞めていく人送り出し宴席”にかり出され、飲めないと何度言っても判らない上司に酒を嫌と言う程飲まされ、したたかに酔い、今酩酊状態でこのコラムを書いていますです。はい。サラリーマンの実態なんて、こんなもんです。 今週、磐田に敵対する文章をちょっと書きましたが、結局の所それは彼らが羨ましいから。極東のクラブでありながら、あれだけ高い完成度を誇る美しいフットボールを作り上げた彼らに対して、素直に賞賛する気持ちと共に、やっかみにもにた気持ちを抱き続けています。特に、彼らが世界クラブ選手権出場を目指し、名波を中心に据えた「N−BOX」を考案した時の完成度は極めて高く、流れるようなパス回しから次々と生み出されるゴールに、ただただ感嘆の声を上げるしかありませんでした。 磐田は、スタメンの選手をいじらずになるべく同じ選手を使う事で、クオリティの維持をしてきました。ここ数年、磐田のスタメンは大きく変わる事無く、ほぼ同じメンバーで数年間を過ごしてきました。変わったのは、ドイツへ行った高原の変わりにグラウが入った事くらい。右サイドとディフェンスの左サイドは、希に違った選手が入ったりしますが、藤田が帰ってきた今シーズン、また輝きを増しているかの様です。 しかし、諸行無常。物事に不変はありません。ずっとスタメンを占めてきたメンバーは当然の如く年を重ね、熟成はされているでしょうが、人間ですから衰えてきています。新陳代謝が活発なウラワとは正反対に、若い戦力がなかなか上の世代を追い抜くことが出来ません。磐田は、クラブとしての方針がしっかりしているから、今の様な美しいフットボールを見せる事が出来ているのでしょうが、そんな相手におののく時期はとうの昔に過ぎ去りました。 もう、磐田を恐れる必要は何もないし、僕らは自分たちのフットボールを完成させようと前へと進んで行けば良いのです。磐田はさしずめ衰え行く老兵で、僕らは血気盛んな若手将校と言った所でしょうか。内容で押されても、それは今まで積み重ねてきた経験の差です。チームのベクトルは、あくまでも僕らの方が上を向いています。モチベーションも圧倒的に高いです。なにしろ、チームを押し上げようとする気持ちに大きな差がある。向こうは勝者のメンタリティーをもっているかも知れませんが、そんなものは僕らの持つ上を目指す気持ちと比較すれば、屁のようなもんです。 だから明日、僕は磐田へ行きます。始めに言った通り僕は酩酊状態で、コラムすら某サイトのパクリの様な文章になってしまっていますが、明日の朝起きられるかどうかもわかりゃしませんが、それでも何とか磐田へ向かいます。本来なら、既に僕は車で磐田へ向かっている所でした。会社の急な指示で、どっぷり飲まされてしまい、更に乗らなくても良い筈の新幹線で向かう事になってしまいましたが。それも、伸びゆくウラワをこの目に収めたいから、それが磐田へと向かう気持ちを更に盛り上げるのです。時代は流れます。 |