◇まとまりなく◇ 2.29今日は久しぶりにフットサルをやってきた訳だけれども、実は昨日出張から帰ってきてすぐに熱を出し、一日寝込んで今日を迎えたから、気分はもう山田だった。今日起きた時には、既に熱は下がり体調もほぼパーフェクトに戻っていたから、グラウンドへ向かう時にはもう余り体調は気になっていなかったのだけれど、実際にプレーをしてみると予想以上に体が動かず、息はあがり、どうにもならなかった。自分としては体調が戻っているという感覚だったのに、やはりそれ程甘くは無かったという事だ。実感としてみると、身体ってそんなに簡単には回復しないというのが痛いほど解ったし、逆に言えば発熱しながらプレーした山田とその他の選手達に対して、敬服の気持ちを持つ。そして彼らを起用した監督にも。 そして、身体の調子がごたごたしていたからか、頭の中までぼんやりしていて今週の予定がすっぽり抜け落ちていた。4日がさいしんカップだということはとてもハッキリ認識していたのだけれど、実はその日にとても大事な本当に大事な予定が入っていた事実が、僕の記憶中枢から全く消去されてしまっていたのだ。さあ、明日会社に行ったら上司に木曜日の午後半休をお願いしようとついさっきまで考えていたのだが、それも必要の無い事になってしまった。ああもう、折角ウラワの初陣を拝めると思っていたのに。横国までお預けになってしまった。 という訳で、また妄想を膨らませるしかこの心寂しい期間を癒す方法が無くなってしまったので、明日からの日常はウラワの事に思いを巡らせる時間が続いて行く。ギドは、3バックを基本に考えるみたいだけれど、去年の様に完全なマンツーマンディフェンスはしないと言い切っているから、守り方も大きく変わるだろう。攻めの方法も、去年までとは違い多くの人数を掛けてくる様だ。選手も結構入れ替わっているし、考えれば考えるほど色んな事が浮かんできて、楽しい。ああだけど、早く大声で歌いたい。飛び跳ねたい。フットサルは楽しいけれど、自分でプレーする楽しみもあるけれど、やっぱりウラワじゃないと。 ◇オールド・トラフォード◇ 2.28会社からとても急に出張の指示があって、名古屋へと行ってきた。完全にネットの情報から遮断されていたので、ネットジャンキーの僕としては精神的にかなり厳しい二日間だったけれど、帰ってきて見つけたニュースを見てそんな事はすぐにどうでもよくなった。 何とウラワが8月に欧州遠征! マンチェスターユナイテッドを中心に欧州のクラブチームと試合をするというではないか。しかも、開催場所はオールドトラフォードらしく、恐らくJのクラブが彼の地で試合を行うのは始めてだろう。個人的にはプレミアリーグにこれといった思い入れがある訳ではないけれど、こういったビッグイベントに参加出来る事自体が大きな意味を持つと思う。確か2年前だったか、鹿島がイタリアくんだりまで遠征して、ローマにこてんぱんにやられた時があった。大敗した彼らを見て、それでも僕は羨ましいと感じていた。だって、あのオリンピコで、ほぼフルメンバーのローマを相手に試合が出来るなんて。 今回のウラワも、代表のスケジュールがもろに被っていて、下手をするとレギュラーメンバー8人が出られないかも知れない。それでも、このイベントに参加する事は、チームにとってこの上ない経験になる。フットボール発祥の地で、完全なるアウェーゲームに立ち向かう。ウラワの場合、国内の試合はどこでやっても熱心なサポが駆けつけ、それ程大きなアウェーを感じる事は出来ない。まともにアウェーだと言い切れるのは、J2時代の仙台くらいではないだろうか。あと今年の新潟か。 これは、何とかしてイングランドまで行かなくてはならない。お金もかかるだろうし、休みだって取れるかも判らない。それでも、何としてでも。 ◇妄想その1◇ 2.25ウラワのフォワードには、某平山相太の様な高さが無い。今年加入した梅田はそれなりに勝負出来るのかも知れないけれど、今のところ彼の力は未知数だ。身長のある永井も、ヘディングが弱いのは周知の通り。その代わり、皆とても瞬発力があり、ドリブルも上手い。だから、ウラワの得点パターンはある程度決まってくる。 去年までは、オフトのやり方で一応得点の形を作る事が出来た。ポゼッションを上げて、中盤より後ろでじっくりボールをキープして、フォワードが1対1の状況になった時に間髪入れず縦パスを通す。そして、そこから先は前線のマシーン達が勝負を仕掛けて突破を図りゴールへと近づく。サイドから切り崩す事も殆ど無くて、去年のゴールシーンを思い出すと似たようなシーンばかりが浮かんでくる。これはチームとして素晴らしい成果であるし、勿論守られて崩しきれない試合もあったけれど、まず自分たちの形があって主導権を握りながら試合を進められる様になった。 今年は、前述の梅田を補強した他に、岡野が戻ってきてフォワードの層は更に厚くなった。しかし、タイプの異なる選手は梅田だけであるし、彼を中心とした攻撃を構築するとも思えない。となると、今年の攻撃も前線のスピードを生かしたものになるのは間違いないだろう。ギドは、キャンプ中かなり長谷部に期待をしている様子で、それは一つの方向性を指し示していると思う。去年、犬飼氏が縦へ早いフットボールを見たいなどと言っていて、ギドもそれに同調した発言をしていたらしい。縦へ早いフットボールが具体的に何を意味するのか判らないけれど、去年の形がそれで無いならば、ボールを奪ってから縦へ早く展開して欲しいのだろう。 エメルソンや達也が、ディフェンスラインの裏でスルーパスを受けてゴールへ結びつけたシーンは余り記憶に無い。思いこみかも知れないが、どちらかと言えば、相手ディフェンスとの勝負に打ち勝ってゴールへと突き進んだ事の方が多い筈だ。去年のウラワは、ディフェンスラインでボールを奪ってすぐ速攻へと移る事が殆ど無かったし、多分今年はそこが一番違う所になると考えられる。エメルソンの1トップを試しているのも、同じ理由だろう。 今年は、ボールを奪ったらすぐに、エメルソンが引いてきて出来たスペースへ、両サイドの高い位置にいる筈の三都主と達也あたりが全速力で駆け出すだろう。そして、そのランニングの先へ、精度の高いボールが長谷部や酒井から供給される。多分、そんなシーンが増えるのではないかと思う。ゼリッチがいないから、去年の様に上手くボールをキープ出来る事も少なくなるだろうし、じっくり攻めるというよりは、どんどんボールが前線に入ってきて、また相手ディフェンスの裏を狙うシーンが増えるのではないだろうか。エメルソンにポストプレーを期待しているとも思えず、エメは今まで以上に“消える”プレーを要求されるだろうし、それが出来れば彼の得点も増えて行く筈だ。 ◇ギド◇ 2.24ギドのインタビューを読んで、彼がしっかりした“哲学”を持っている監督だという認識を新たにした。僕はオフトの信奉者だったし、それは今でも変わっていない。でも、いつまでもウラワを去った人の事を思っていても前に進むことが出来ないし、だから僕はウラワで初めての監督に就任するギドが、どれだけの采配を振るってくれるのかを楽しみにしながら、今のところ毎日を過ごしている。 今日読んだインタビュー記事では、彼の考えるフットボールが少しずつ明らかにされている。例えば、1−0よりも3−2で勝つフットボールを目指したいだとか、例えば練習に遅刻する様な選手は許さないだとか、そんな言葉が載っていた。主立った所を要約すれば、ドイツ人らしい規律を重んじる面があり、また戦術的には、1対1の強さやメンタルの強化を挙げながら、よりスピーディーで攻撃的なフットボールを見せたいという事だった。 現段階では、キャンプを通して選手の力量を観察し、コミュニケーションを上げている所らしい。この話を見る限り監督としての指導法は、簡便すぎず冗長になりすぎず、丁度良い感じなのでは無いかと思う。選手時代のキャリアはとてつもないものを持っている彼だけれど、監督としては全く未知数であるギド。そんな彼に対して不安感を持つ人も少なくなかった筈だし、彼が失敗する所を見たくないサポーターが殆どだろう。でも、今日のインタビューを読む限り、それ程心配は無さそうだ。あくまで表面的な捉えしかしていないから、断言する事は出来ないけれど、選手の立場からすれば監督がしっかりとした自分の哲学を持っていれば、信頼してついて行く事が出来る。たとえすぐに結果が出ずとも、日々の鍛錬を繰り返していれば、後から結果はついてくるという事を、ウラワはオフトとの時間で学んだのだ。 だからこそ、僕は自分を戒めている。ギドも言っている通り、今年はなかなか選手全員が揃って練習する事が難しい。チームとしてきっちり仕上がってくるのには絶対に時間が掛かる。確かにオフト時代にチームとしてのベースアップははたしているけれど、それでも新しい哲学をチームに浸透させるのには、それなりの時間が掛かるのだ。何度と無く言うけれど、僕は今年のウラワが成長して行く様を長い目で見ていきたいと考えている。ギドにとっても、エンゲルスにとっても、そして昨年初めてのタイトルを採って勢いづく僕らにとっても、今年は重要な年になるし、逆に難しい年でもある。じっくり、強豪へと歩みを進めるウラワを見守って行きたい。 (因みに、ここで読んだインタビュー記事は、明日ネコ・パブリッシングから発売になる新しいサッカー雑誌「フットボール・スピリッツ」誌上に載っています。全国書店及び一部コンビニエンスストアでお買い求め頂けます。岡野や達也のインタビューもあり、何故だかロベルト・バッジョのインタビューなどもあり、盛り沢山です。是非!ご入手下さいな。って、最終的には宣伝で終わる最悪のコラムでした。) ◇もう待てやしない◇ 2.23ギドが新たに3トップを試しているという記事を見て、オーストラリアの一部チームにエメルソンがハットトリックを達成したという記事を見て、もういてもたっても居られなくなってきた。密かに梅田が肉離れをしてしまったという残念なニュースはあるものの、その他は取り立てて不安をかき立てる噂は入ってこない。代表組が上手くフィット出来るかはまだ解らないけれど、それでもこの時期は今期の事を考えるだけでとても楽しい。 そもそも、オフトが解任されてギドが就任した理由の一つに、縦へ早いフットボールを実行して欲しいというものがあった訳で、岡野を呼び戻したり、ターゲットマンになり得るかも知れない梅田を取ったり、中盤で広くプレーできる酒井を補強したりと、シーズンオフの選手獲得は誠に理に叶ったものだった。勿論、懸案の左サイドにはアレックスが入り、ゼリッチの抜けた穴は闘莉王で塞ぐ。メディアが注目しても仕方のない補強を、ウラワは行った。 伝わってくる情報から判断する限り、ギドは良い仕事をしている様だ。システムにとらわれる事無く、かなり柔軟に選手のスキルに合わせた戦術を採っているみたいだし、1対1に負けない事や自分に与えられた仕事はきっちりやりなさいという発言も多く見かける。伝聞で伝わってくる情報から判断する限り、とてもベーシックな指導が目立つ。まだ試合を見ていないし、ウラワがどんなフットボールを見せてくれるのか解らないけれど、取りあえず今の所報道を見る限り、楽しみに思う気持ちがどんどんと増幅されてきている。代表が余りにも不甲斐ないというのもあるから、山田や坪井のいつも見せる姿を見たいというのもあるし。 結局、まだアレックスや闘莉王が赤いユニを着てプレーしている姿を見ていないし、あと3週間に迫った開幕が待ちきれないのだ。4日の熊谷、会社から行ったら間に合わないのが明白だから、もう休んじゃおうかな。あ、休んで行っても家に帰って来られないや。 ◇サポート◇ 2.22僕がゴール裏でウラワの試合を観るようになったのはごく最近で、それまでは駒場・さいスタではSB、国立では聖火台のあたりが決まった席だった。だから、クルヴァで飛び跳ねたり、歌ったりしている経験は無茶苦茶浅い。だから、最近たまに目にする「ウラワの応援は、昔に比べて声量が落ちたな」などと言う意見には、正直頭に来ている。 確かに、僕はクレイジー・コールズ時代を現場で体感していた訳じゃなく、ただただ格好良いサポートを特に国立の聖火台からぼうっと見やるばかりだった。あの頃は、今よりもずっとウラワのゴール裏は恐い感じがしたし、僕の様な軟弱者が入り込む隙は無いと感じていた。僕が引き込まれたのは、とても男っぽい集団の発するパワーだった。他のJクラブではあり得ない野太い“男声”の応援は、もうそれは言葉では言い表せない程格好良いものだった。 J開幕前の日本では、フットボールの試合といえばチアホーンが必需品であり、野球ではトランペットをどこの球団でも使っていた。純粋に声だけで応援するスタイルは生まれて始めて見るもので、その中でもウラワのサポートは際だっていた。あの類の格好良さに免疫が無い僕が、ウラワへあっという間に引き込まれて行ったのは、当たり前の事だったのかも知れない。国立で始めてウラワを見てからずっと、出来ればあの集団の中で一緒に声を出して応援したいと考えていたし、でもちょっと恐そうだなとか、飛び跳ねて、歌い続けられるのかなとか、躊躇し続ける自分もいた。 それでもここ数年、「勇気を振り絞って」とまでは行かないけれど、色んな人の協力を仰ぎながら、何とかクルヴァの中に混じって応援する事が出来るようになった。こんな軟弱者でも、1試合跳び跳ね続ける体力の無い者でも。 ウラワのゴール裏文化は、間違いなく世界に誇れるものだと思う。ウラワレッズが発足してから、様々な人達の尽力でウラワのゴール裏が形作られてきて、Jが始まった時からずっと今までウラワは最も格好良い、最も素晴らしいサポートを続けてきている。僕は、それを目の当たりにした刹那から、そこへと足を踏み入れた大勢の中の一人に過ぎない。恐らく、あの応援を見てウラワのサポになったという人は少なくないだろうし、それは決して間違った事ではないとも思う。僕は、クルヴァに入って行くまでに多くの時間を要したけれど、それでもやっぱり行って良かったと思う。先達の苦労話は伝聞でしか知り得ず、自分がどれだけの事を出来ているかは解らないけれど、それでも声を出して自ら応援する事の素晴らしさを知ったから。 僕は昔のクルヴァを知らないから、今の応援が昔と比べて劣っているかは解らない。ただ僕は、昔との比較をするのではなく、ただ今ウラワに精一杯のサポートをするのが、ただ一つのやるべき事だと思ってる。 ◇違い◇ 2.21何故、これ程までに違うのだろうか。少し前に行われた“フル代表”の試合と、今日の“23才以下代表”の試合内容が。恐らく、チーム戦術的な話云々の前に、根本的にフットボールを捉える視点が違うのだろうと思う。チームを率いる人の。 五輪代表は、良く伸びている。若いから、成長は急激に訪れるのだろうけれど、それにしても今年に入ってからの変化は顕著だ。韓国に対して、去年あれだけオドオドして自分たちから仕掛ける事すらままならなかった彼らが、今日は十分以上に韓国と渡り合った。結果だけじゃなく、内容でも相手を圧倒していた。韓国のコンディションが不十分だった事を差し引いても、チームとして着々と強化が進んでいる事を認識できた試合だったと思う。 ユース組は、ワールドユースという本番で韓国を破った自信があるし、我が闘莉王と平山の加入はチームに高さを与え、それがより大きな自信となっているのだろう。特に闘莉王が与えるメンタル面でのプラスは、想像より大きいのかも知れない。去年は、あのポジションを青木がやったり、阿部がやったりしていた。ディフェンスラインからのフィードという監督の狙いは判らないでも無かったけれど、どうしても厳しい局面でのディフェンスに問題があったし、高さの問題は全くクリアになっていなかった。それを闘莉王は単純に解決するだけでなく、チームを鼓舞する“声”と、戦う上での“自信”をも与えた。今日、立ち上がりから韓国を圧倒できたのは、闘莉王が発するパワーと、最前線でかなりの高確率で競り勝ってくれるフォワードの存在がとても大きかったと思う。 ただ、彼らが加入しただけでチームが強くなるという程フットボールは簡単じゃないし、今の五輪代表がベースをしっかりもったチームだったからこそ、闘莉王も平山も短時間でチームに馴染む事が出来たのだ。ポジション毎にしっかりとした決まり事があり、少なくともその仕事をこなせばチームとして機能する。そして、そこから先の所で各選手が自分の個性でチームに色づけをしていく。今の五輪代表は、フットボールチームとして、かなり理想的な進み方をしてきていると感じられる。山本監督も、色々試行錯誤していた様だけれど、ユース組と合流してからはチームの骨格を固め、良い強化を続けていると思う。だからこそ、今日のような良いパフォーマンスが見せられるのだ。 今の五輪代表は、日本のトレセン制度の延長線上にある。日本サッカー協会の田嶋幸三技術委員長を中心に、日本の各世代代表は、基本的に同じベクトルのフットボールをしている。ターゲットマンを置きその下にシャドーストライカーを並べるシステムや、なるべく少ないボールタッチでオートマチックにゴール前まで運ぶ攻撃の考え方、ディフェンスラインからのビルドアップ。どの世代も同じように練習を重ねているから、二つの世代が合流しても、違和感が少なくフィットできる。フットボール先進国では当然の事かも知れないが、日本もやっとその段階に来ているのだ。 翻ってフル代表は、その流れの中では異質の存在であり、技術委員会が考えるものとは全く違ったフットボールを繰り広げている。今日、テレビで中村俊輔のインタビューを見たけれど、そこで彼は「二人以上のコンビネーションプレーが無い」という話をしていた。ダイレクトでパスを回したいとも。何を今更、ちょっと頭に来た。コンフェデレーションカップで、フランスと対峙してそれなりに息のあったプレーをしていたフル代表は、面白い事に試合を重ねる度、どんどんコンビネーションが合わなくなってきている。コミュニケーションは取れてきている筈なのに。でも、そりゃ当たり前なんだ。ジーコ政権当初、曲がりなりにもシステマチックに選手が動けていたのは、トルシエの遺産によるものだ。いくら自由にして良いと言われても、代表選手達は体がトルシエ時代の事を覚えている。ただ、それをどんどん忘れて行っているのが、今の代表なのではないだろうか。 五輪代表と、フル代表。フットボールのチームとして、どちらが優れているか断言する事は出来ない。自由なフットボールと、規律を重んじたフットボール。さて、見ていて面白いのは一体どっちなんだろうか。って、全然“ウラワマニア”な話じゃないな。 ◇変化◇ 2.19フル代表3人がやっとクラブに帰ってくるのとすれ違いに、今度は五輪代表が4人揃って離れていく。今年は、こんな事の繰り返しなのだろうけれど、やはり何だか気分が落ち着かない。全員揃って練習出来るのはいつになるのだろうか。ちゃんとチームが形作られるのだろうか。不安で仕方なくなる時もある。 でもまあ、慣れなくては。どんなに不安だろうと代表の招集はやってくるし、特に五輪に呼ばれている4人の方は思いっきり代表チームの生命線になりつつあるから、彼らが呼ばれなくなる可能性は低いと思う。少し前向きに考えれば、五輪代表のシステムとウラワのそれは形の上では同じであり、彼らがこなすポジションも基本的には同じだ。だから、フル代表で無理矢理右サイドバックをやらされている山田や、慣れない4バックのセンターを張り続けている坪井、そして誰がどう見ても無理だと思われる左サイドバックに当てはめられたアレックスよりも、戦術的な乖離はそれ程大きくはならない。五輪代表の生命線はウラワの生命線だし、彼らが代表チームでより結束を強め、プレーイメージのすり合わせをより確かな物にしてきてくれる事を切に願う。 フル代表から帰ってきた3人には、確かに疲れはピークだろうけれど、何とか早くチームにフィットしてもらって、どんどんウラワでのプレーを思い出して欲しい。きっと、平川あたりは山田に対してギラギラした対抗意識を持っているだろう。三上だって、平川が右をやりたいと言っているのだから、立場は去年とさほど変わらない。アレックスさえかわせば、待っているのはレギュラーポジションだ。バックスだって、ニキフォロフはフィジカルがまだまだの様だから、ちょっと調子を崩し気味の坪井を含めて群雄割拠。誰がスタメンでもまだまだ判らない。名古屋から来た酒井は、啓太が居ない隙を狙って自らのプライドを取り戻すべく必死になっているだろうし、長谷部は山瀬が入る筈のポジションをみすみす渡す筈が無い。新加入の梅田や、復帰してきた岡野は、達也の分一人減った壮絶なるフォワードのレギュラー争いで、ポジションを掴み取ろうと貪欲にプレーを続ける。 なんだなんだ、これは結構良い効果があるんじゃないか。沢山の選手が代表に呼ばれて、ギドとエンゲルスはチームを作るのに時間は掛かるだろう。間違いなく、コーチとしては厳しい時間が予想される。でも、こうやって考えていくと、余りにも活発な競争原理が働き、もしかすると今年のウラワは予想もつかない進化を遂げるかも知れない。少なくとも、一時的にはチームに対してマイナスの効果を与えるやも知れない代表招集だけど、それがウラワにとって大きなプラス因子になると予想する事は、あながち間違ったものじゃないかも知れない。こりゃ、代表に呼ばれた彼らもうかうかしていられないな。結構恐い事かも知れない。代表で頑張ってワールドカップやオリンピックを目指す戦いを終えて帰ってきたら、自分のポジションが無かったなんて。そういう面では、今年のウラワは今まででは考えられない変化が起こる気がする。 ◇命題◇ 2.18さいたまスタジアムには6万を超える人が集まり、一応最低限の結果は出た。しかし、あれが我が国にフットボールを代表するチームだと誇りを持つ事は断じて出来ないし、個人的には怒りを通り越して達観の域に達しようとしている。投げてしまうのは簡単な事だから、今までのようにただウラワだけを応援して、代表の事を忘れてしまっても良いかなと思ったりもする。ただ、そんな日和見主義が最終的に自分たちの首を絞める結果につながる事も何となく想像出来、さてどうしたものかと、足りない頭を必死に働かせているのであった。 フットボールは日々変化している。それが進化なのか退化なのかはこの際放っておくとして、今の代表チームがフットボールチームとして優れた存在になりえていると言えるだろうか。僕は、全くそうなっていないと考えている。多分、ジュビロ磐田や横浜Fマリノスの方が圧倒的に強いだろうし、しかも美しいフットボールをしている。仮に外国籍選手を抜きに戦ったとしても、代表は苦戦すること必至だ。クラブと代表を単純に比較するのは馬鹿げているけれど、それでも“フットボール”をしているのはクラブの方であり、代表は街頭で行われている玉蹴りに他ならないと言い切る事が出来る。代表のそれは、インテリジェンスが全く感じられない、極めて原始的で下らないものだ。 フットボールは11人制の集団競技であり、しかもピッチ上の22人が常に考えながら同時に行動を起こし続けるスポーツなのだ。野球などと違い、一旦主審の笛が吹かれればプレーが止まる事も少なく、45分間は集中して動き続けなくてはならない。考え続けなくてはならない。 人間はそれぞれ異なった考え方を持ち、それはフットボールにおいても同様だ。だから、それぞれが身勝手に行動していたらいつまで経ってもチームとして動き始める事はないし、たまに少人数のグループが同期したプレーを見せる事はあるかも知れないが、それが継続的に続く保証はどこにもない。コミュニケーションの重要さを訴える裏には、逆説的に言えばチーム内での考え方が全く同期されていない事の証明だ。仮にコミュニケーションというものが取れたとしても、選手それぞれの考え方が異なる方が自然なのであり、チームが同じ方向を向く可能性は限りなく低い。今の代表には、コミュニケーションを取る以前に、必要な事が山積している。 フットボールの監督の仕事は、そういった選手間のイメージの相違を、自分のイメージを与える事で、チームを同一方向に導く事ではないだろうか。選手に自由を与えるという前提は大したご託宣だが、それは自分の責任を放棄しているのと変わらない。監督は、基本的に選手から嫌われる存在なのだ。選手は自分の長所を生かしたい。監督は自分のイメージ通りに動いて欲しい。普通は、そこでぶつかるものだろう。そして、監督が描くイメージが皆で共有できてはじめて、選手達は自分の色を出していけるのだし、コミュニケーションの意味も出てくる。今の段階じゃ、選手達が自分のフットボール観をすりあわせて行かなくてはならないし、一緒に過ごす時間が少ない代表チームでそんな事をやっている暇は無いのだ。 多分、まだリーグが始まっていないから、シーズン中以上に代表に対して色々考えたりもするのだろうし、頭に来たりもしている。ウラワの試合を見る事が出来ないから、考え事はどんどん鬱屈したものになって行く。でも、昨日今日と思いを巡らせた。やはり代表は僕らの国を背負って立つものだし、そのレベルが低下すれば、リーグに与えるポジティブな影響は何もない。「代表なんかどうでも良い」と考えるのも一つの手ではあるけれど、ちょっとそれも違うかなと最近考える様になった。去年のウラワが成長した要因には、山田や坪井が代表から持ち帰ってきてくれた経験があり、彼らが代表に呼ばれポジションが空く事で、新しい競争も芽生える。代表のレベルが下がれば、僕らにとっても長期的に見ればマイナス要素の方が極めて多い訳で、そう考えながら今日の試合を見ていたら余りの酷さに泣きたくなった。フットボールって、あんなにつまらないものだったっけ。代表のゲームって、客席にあれ程白い歯が目立つものだったっけ。考えを改める必要があるのかも知れない。 ◇まとまらない考え◇ 2.17明日は、2006年ドイツワールドカップを目指す、一次予選の緒戦。本当か? と思うほど、個人的には緊迫感が無い。今日、とある知人と長々数時間にわたり、仕事をさぼって喫茶店でウラワ談義に花を咲かせたのだけれど、そこでも代表に対する思いの変化が話題に上り、どうしてこうなってしまったのか少しだけ考えてみた。 確かに、今も昔も代表よりウラワという図式は変わらない。クラブが大事な時に代表へ選手を持って行かれるのは良い気がしないし、伸二が五輪予選で大怪我を負ってクラブがセカンドディビジョンへ降格する一因となった時から、よりその思いは強くなった。それでも、代表に選手が参加する事で、クラブレベルでは得難い経験をし、それをクラブへ持ち帰ってきてクラブの更なる発展へつながるだろうという、プラスの考えもある。ウラワとすれば、今まで代表に選手を多数送り込んだ事が無かったから、フル代表に3人のレギュラーが存在する今の様な状況ははじめて体験するに近い事だ。だから、僕自身彼らがどんなプレーをするのか非常に気になるし、やるからには活躍して欲しいと願っている。ただ、代表というくくりで見たときに、フランスワールドカップ予選の時に肌で感じていた、鳥肌が立つ様な緊張感が全くない。 今の代表に対して、ジーコというカリスマが就任した当初にあった期待感が、殆どゼロに近くなってきている。その理由は色々あるだろうけれど、僕が個人的に抱くのは、戦術的な稚拙さであり、チームとして見た時に共通の考え方が余りにも少ない事であり、競争原理が全く働いていない事である。世論が批判と擁護の真っ二つに分かれた前任者は、間違いなくチームのモチベーションを維持する手法に長けていたし、その大きな要因として選手間の競争を常に与え続けた事があると思う。そして、戦術的には取り立てて奇抜な事をやった訳では無いけれど(僕は欧州出身の監督として、とてもノーマルな戦術論を持っていたと考えている)、フラット3という分かり易い“見出し”が、そういったものに弱い日本のマスコミを介して大きく流布され、市井での議論が活発化した事実も見逃せない。 ジーコには、僕らが代表に対して様々に想いを巡らし、ああでもないこうでもないと一般レベルでの議論を活発化させる要素がない。海外組が帰って来ればレギュラーが保証される。また、海外組でなくとも、体調不良の選手だろうがワールドカップ予選の初陣にスタメンとして出場させるのを、前日に発表してしまう。そして、どんな事柄だろうが、JFAはジーコ体制を擁護し続ける。これでは、何を言っても無駄だとファンが考えても何もおかしくないし、どんどん気持ちが冷めてスタジアムから足が遠のく。視聴率が下がる。報道する側は観客の入らなくなった代表戦を必死に煽る。何だか、日本の政治に似てきたと思うのは僕だけだろうか。突っ走るライオン丸を誰も止める事が出来ず、選挙になれば各局がこぞって同じ様な内容の速報番組を放送する。街頭インタビューでは、誰が首相だろうと変わらないというコメントが散見され、普段の生活で永田町に対する考え方を議論する人間は居なくなる。 権力は時に絶大な力を発揮する事もあるけれど、それを監視する機能が無ければ、形骸化し硬直化し、何も生み出さなくなる事もある。今のジーコ体制がどちらなのかを言う積もりはないけれど、クラブレベルのサポートで成長してきた日本人を欺くのは、そう容易い事では無くなっている。これが明らかになるのが、大きな失敗をしてからなのか、それとも失敗をする前になるのかは判らないけれど。失敗なんかしないかも知れないし。ただ極限的に突き詰めれば、僕はウラワサポの前に日本人であるから、国を代表するチームが不甲斐ない戦いをして悲しい気持ちになるのは嫌なのだ。今の状況が正しいとは全く思えないし、多分変えなければならないだろう。それが出来るのは、やっぱり市井の、下々の考えだけじゃないかと思う。 ◇懐かしや◇ 2.16中田ばかりが注目される今のセリエAだけれど、昨日の試合で中田の対戦相手には懐かしい顔がいた。エミリアダービーで貴重な同点ゴールを挙げたのは、5年前中田がペルージャで君臨していた頃のチームメイトだ。昨日アモルーゾが見せたゴールは、右サイドからのクロスを胸でワントラップしてボールが落ちてくる前に体を反転させ、左足で見事なボレーを決めたものだ。彼はこういったちょっと難しいと思われるプレーが得意で、それにしては簡単なシュートをいともあっさりと外したりもするから、イタリア版クライファートとでも言えるかな。 アモルーゾは、パドバでの活躍が認められてユベントスへと移り、奪った得点はそれ程多くは無かったけれど、上背のある貴重なフォワードのオプションとして、価値ある存在だった。当時のユベントスはデルピエロや、若かりし頃のビエリ、ボクシッチ、そしてフィリッポ・インザーギなど多数の有能な攻撃陣を抱え、その中でもほぼベンチ入りして出場機会も得ていた彼が、中田の居るペルージャに移籍してきた時はちょっと驚いた。年齢的にもユベントスでは期待されていたのだろうし、それでもペルージャに来たという事は、期待に応えられなかったという事なのだろう。まあ、当時僕は日本人として中田の活躍をとても嬉しく思っていたし、高さだけのブッキや、衰えの見えるメッリ、トバリエーリなどのフォワードでは中田の良さが生かしきれないから、この移籍を普通に喜んでいた記憶がある。 事実、ペルージャへ移ってからのアモルーゾはその実力の片鱗を垣間見せ、雨中中田のクロスボールに飛び込んで、足先でゴールに押し込んだスーパーなゴールを決めたりしてくれた。そのシーンだけは鮮明に覚えている。中田はこのシーズンの途中でローマへとステップアップし、アモルーゾとのコンビは短い時間に止まった。だけれど、1年目のシーズンは中田とラパイッチでしか攻撃の形を作れなかったペルージャに、新たな攻め手を加えたアモルーゾはやはりそれなりの力を持っていたと思う。そして翌シーズン、アモルーゾはナポリで2年連続の二桁ゴールを決めて、満を持して古巣ユベントスへと戻った。怪我もあったのかも知れないが、その時のユベントスには、ダビド・トレセゲという不動のセンターフォワードが前線に鎮座し、アモルーゾに活躍の場が再び与えられる事は無かった。 その後、コモやペルージャで数シーズンを過ごしたアモルーゾのキャリアは、ユベントス時代に輝かしいものだったそれとは大きく変貌していた。30間近になってから始めてセリエAでプレーし、得点王にもなったダリオ・ウブナーとは対照的だ。30歳を間近に控え、アモルーゾは昨シーズンBのコモでプレーした。そこで得点を奪う事も出来なかった。彼のキャリアはどんどん下降線を辿り、怪我もあるだろうけれど、将来を嘱望されたフォワードの面影は既にそこには存在しなかった。 だから、昨日の試合でアモルーゾが美しいゴールを決めたときは、少しだけ嬉しかったし、カルチョの国の持つ包容力を羨ましくも思った。セカンドディビジョンでも活躍できなかった選手を、キャリアの下降線にある選手をトップリーグのクラブが獲得し、そしてその選手が見事な得点を挙げる。確かに、シーズン半ばを過ぎてアモルーゾの得点は昨日が初めてだった訳だし、活躍しているとは言い難いけれど、これだけチャンスが与えられるリーグは良いと思った。Jリーグも年を重ね、出戻りの選手や、J2に落ちてそこからはい上がってくる選手も徐々に出つつある。そういった選手達にも、優しいリーグであって欲しい。競争原理だけじゃ、余りにも冷たいじゃないか。応援するチームが強くなって欲しいという欲望は限りがない。でも、僕は矛盾を沢山抱える人間だから、純粋に強化には繋がらないかも知れない選手だって、応援する。 だから今年は、岡野が1点でも取ってくれれば、それで僕は喜びで大爆発するだろう。昔を懐かしみ、今を喜び。そんな小さな事でも、立派なフットボールの文化だ。 ◇駄目だ◇ 2.15昨日お知らせした通り、プレゼント企画は締め切らせて頂きました。ご応募頂いた方、結果はメールにてお知らせいたしますです。 あと、今日メールで「なぜ怠惰屋は、浦和レッズの事を“ウラワ”と表記するのか?」というご質問を頂きました。はっきり言って、たいした意味はありません。単純に他の人との差別化を図りたいというか、同じ事をするのが嫌いと言うか。まあ、ちょっと真面目な話をすれば、レッズ自体が既に浦和市のアイデンティティとなっていて、単純に一つのフットボールクラブとは言い切れない存在になっているから、“ウラワ”という書き方をしています。 今では浦和市という名称も無くなってしまい、よりレッズの存在が大きくなってきていると思います。単なる地域の名称でなく、浦和というコミュニティーの代表的な存在が浦和レッズだと思いますし、今後も“ウラワ”という表記をしていこうと考えてます。カタカナって何となく格好良いですし。 今日は、こんな極めてどうでも良い事を書いて終わります。何故なら、昨日インストールは終了して一応公開出来る状態にはなっている「モヴァブル・タイプ」の設定に一日中費やし、それでも全く納得の出来る状態まで進んでいない事が原因です。自分のセンスの無さを恨みながら、寝ることにします。諦めが良いのも、僕の長所です。 ◇もしも◇ 2.14先日アンケートを採りました、スタジアムコラージュの作成ですが、今回は「もし駒場がもう一度大改装されて専用スタジアムになってしまったら」というイメージで作成してみました。 (クリックで大きな画像を表示。結構重いかも知れません。) こんな感じになりました。加工に凄く時間が掛かった割には、出来が今ひとつです。元画像が荒いため、あまり綺麗に仕上がらなかったのが残念ですが、雰囲気は良いですねぇ。ちょっと規模も大きくしているので、実際にあれば3万5千人くらいの収容人数になるでしょうか。もしこんなスタジアムがウラワの市街にあって、観戦できたらなあと思います。 左の上にリンクしてあるプレゼント企画は、明日中(15日)に締め切ります。予想を遙かに下回るご応募となっておりますので、申し込みたいという奇特な方はお急ぎ下さい。 それから、個人的に“モヴァブル・タイプ”をこことは違うドメインで導入したいと考えているのですが、デザインが全然上手くいきません。どなたか分かり易く解説しているサイトなり書籍なりをご存じの方がいらっしゃいましたら、是非教えて下さい。 ◇十年とちょっと◇ 2.13僕の父親は、田舎から出てきて東京で働き、僕が生まれる頃に所沢へ居を構えた。父は元々巨人ファンだったらしいのだけれど、ミスタージャイアンツが監督を首になったあたりで読売グループに見切りを付け、所沢に引っ越してきた新興の球団を応援する事にしたらしい。だから、父の影響をもろに受けた僕は、幼少から少年期にかけて西武ライオンズの大ファンだった。家が近い事もあり、所沢でキャンプが行われていれば出かけていき、シーズン中は日曜毎に父親と観戦に行った。 小学校にあがると、青い帽子に選手の背番号が入ったバッジを沢山付けて学校へ行き、誰が多くのバッジを付けているかを競い合った。放課後になると、その頃はまだ沢山存在した“近くの空き地”でゴムボールとプラスチック製のバットで草野球に勤しみ、家に帰ればテレビ埼玉で放送されている西武ライオンズの試合に夢中になった。土曜にデーゲームがある時は、学校が終わると昼食もとらずに自転車で球場へ急いだ。そんな生活は中学校まで続き、高校に入っても野球好きなのは変わらなかった。日本シリーズの頃、授業中携帯ラジオで中継を聞いていたり。 ただ、高校生活で僕の嗜好は徐々に変化しつつあった。学友にヨーロッパフットボールへどっぷりとはまり込んでいる奴が居て、そいつのお喋りを耳にタコが出来る位聞いている内に、少しずつフットボールの魅力ってやつを知るようになっていった。今までまともに見たこともないスポーツに対して、目を輝かせながら話す同級生を見やり、そんなに面白いんだと興味が沸いてきていた。そして僕にとってはとても良いタイミングで始まったJリーグ。僕がフットボールの虜になるまでに、それ程多くの時間は必要なかった。 BSやWOWOWに加入して、海外の凄いフットボールを目の当たりにし、どんどんとその魔力に引き込まれて行く中、自分の住む県に生まれたクラブに興味が沸くのは、全くもって必然だった。Jの開幕以降、ヨーロッパのフットボールもJリーグも分け隔て無く興味を持ち、試合を見る度に新しい感動を得る事が出来た。 しかし、前にも書いたけれど、僕はウラワの初年度と2年目には殆どスタジアムで観戦してないし、この事が僕に対して大きな劣等感を与える。今のウラワを取り巻く環境は、はじめの2年間に育まれたサポーター文化にその多くを依存している。スタートで躓き、厳しい戦いが続いたこの時期のウラワを精一杯応援して、クラブを底から支えた人達と、まだよちよち歩きのクラブを必死に運営した当時のスタッフとによって、今の素晴らしいウラワ文化の基礎が作り出されたのだ。野球少年からの脱皮を図っていた僕はそこに参加する事が出来なかったから、それが原罪意識になっている訳では無いけれど、ウラワに住みながら、半ば当然の如くウラワレッズを応援し始めた人達に対して尊敬の気持ちもあるし、「負けるもんか」という気持ちもある。まあ、勝ち負けの問題じゃないんだけれど。 僕は、ウラワを応援する人は多ければ多いほど良いと思っているので、後から参加してきた僕の様な人間や、これからウラワの魔力に取り付かれる人達に対して、ウラワが彼らを優しく迎え入れるクラブであって欲しいと思っている。そして個人的には、徐々にではあるけれどウラワのサポを増やす努力を続けている。それまで全くフットボールに興味の無かった自分の嫁さんは、既にレプリカを着てスタジアムで跳ね回っているし、僕を野球少年に育てた清く正しい父親は、何故だか僕の影響を受けてフットボールマニアに変貌を遂げている。彼が最近お気に入りのチームは、青い帽子のそれではなくて、真紅のユニフォームを着た所らしい。 ◇フットボールの未来◇ 2.12久しぶりに「CALCIO」という雑誌を読んだ。何故なら、そこにデメトリオ・アルベルティーニのインタビューが載っていたからだ。今年で32歳になる、イタリアきってのレジスタは今でも僕のアイドルだ。大学時代には、アルベルティーニモデルのスパイクを使っていた事もあるくらい。若くしてミランで定位置を掴み、サッキやカペッロの信頼を受け中盤のダイナモとしてミランを支え続けたアルベルティーニ。彼の柔らかいボールタッチと、高い戦術眼やバランスの取れたプレースタイルが、とても好きだ。 今期が始まる前、レンタル先のアトレチコ・マドリーからミランに帰る事が出来ず、図らずもラツィオでプレーする事になったアルベルティーニは、少年時代から過ごしたミランに対して様々な思いを抱えている様だった。マンチーニの元、優れたスキルを存分に生かしてラツィオを牽引している彼だけれど、このインタビューでは気になる発言をしていた。 財政的に深刻な状況に陥っているイタリア・カルチョを見渡して、アルベルティーニはその時代に生きる一人のフットボールプレーヤーとして、とても考えさせられる内容を話していた。彼がトップリーグでプレーする様になって10余年、選手達の年俸は考えられない程高騰してきた。テレビマネーの流入に拍車が掛かり、フットボールのマーケットは肥大化する一方。そして気がつけば、多くのクラブが財政的に難しい局面を迎える様になってしまい、リーグ自体が危機的状況に陥ってしまった。そんな状況を見て彼は「僕らは、もう一度自分たちの足下を見直す時期に来ているのではないか」と話している。また選手サイドが積極的な減俸に同意している事例も併せて話し、日本人の僕にとっても、対岸の火事として捉えるのではなく、今後のフットボールのあり方を考えさせられた話だった。 今のJリーグは、日本のプロスポーツを代表する野球と比べれば、圧倒的に賃金は安い。金銭的な魅力だけでは、野球に対抗する術はない。野球界では、より金銭的な魅力の高いアメリカ市場が、野茂やイチローといった先駆者達の功績により、もはや現実的なものになりつつある。人より優れた才能を持つものが、莫大な富を築く可能性が高くなってきているのだ。欧州のフットボールも、この10年間で内向的なアメリカ市場に追いつかんばかりの勢いで、マーケットは成長を遂げた。しかし、去年・今年と特にイタリアに於いてその成長は急速に下降線をたどる様になり、破綻し掛かってきている。 果たして、人はフットボールに何を求めるのか。お金か、夢か。そんな二元論では勿論語り尽くす事は不可能だけれど、僕は日常にフットボールのゲームが存在してくれさえすれば、それで良い。自分の愛するクラブがそこにありさえすれば、それで良い。選手の給料が高かろうが安かろうが、そんな事はどうでも良いのだ。僕らのクラブの為に一生懸命プレーする選手を見て、僕は一生懸命応援する。そんな日常が壊される事が、実は一番恐いのだ。 ◇ヒザの怪我◇ 2.11あれは忘れもしない、1999年1月15日。まだハッピーマンデーが施行されておらず、成人の日が毎年1月15日だった頃の事。祝日だったから、いつもの様に仲間達とフットボールの試合をしていた僕は、人生で最大の怪我をした。 僕は結構な近眼で、普段はハードコンタクトレンズを着用している。ただ、試合の時はヘディングをするとすぐに外れるから、裸眼でプレーしていた。遠くが見えづらいから、遠くの選手は全然見えていなかったけれど、実際長いボールを蹴る技術がある訳でもなかったので問題になる事は無かった。 あの日は、そんな視野の問題を解消すべく、使い捨てのソフトコンタクトレンズを始めて使用していた。これが良く見える! その時僕はセンターバックに入っていて、両サイドバックや中盤の選手がフリーでいるのをいつもより多く確認出来ていた。だから、技術もないのに思い切ったサイドチェンジをしようとして、それが全ての間違いだった。 ディフェンスラインの左サイドに居た僕は、フリーで右手を挙げる右サイドバックへと向かって大きくボールを蹴った、積もりだった。インフロントに掛かりすぎたボールは、右サイドバックのいる所から大きく左へそれ、相手フォワードの胸元へと向かって行った。相手フォワードは僕の蹴ったボールを難なくトラップし、僕たちのゴールへと向かって突き進んだ。慌てた僕は急いでカバーリングにまわり、右サイドバックをかわしてセンタリングを上げようとしている相手のコースへ向かってジャンプ。そして着地時に思い切りバランスを崩し、左膝があり得ない角度に曲がった。気がつくと、左膝のお皿が通常では無い場所に鎮座し、左足は動かなかった。 生まれて始めて、意外に揺れる救急車に乗り病院へ。診察の結果、左膝半月板の脱臼と前十字靱帯の損傷という事だった。即時入院して、脱臼の治療。そしてMRI検査→内視鏡手術と続いた。まあ、痛みはそれ程でも無かったのだけれど、入院した翌日の朝、回診に来た医者が僕の腫れ上がったヒザを見て「血が溜まっているから抜きます」と軽く言い放ち、僕のヒザへ鉛筆の芯で言えば2B位の太さはあろうかという注射針を突き刺した時は、死ぬかと思うほど痛かった。 手術の後、半月くらい左足を固定されていて、ギプスが取れた時自分の足を見て心底驚いた。左足が右足の半分くらいの太さになっていたのだ! その後のリハビリで日常生活には何ら支障の無い所まではすぐに回復したけれど、フットボールを続けるにはちょっと厳しい。1年くらい経って、フットサルを恐る恐る始めて、全然思った様には動けなくてボールも上手く蹴れなくなっていたけれど、それでもボールを蹴る楽しさを実感できて凄く嬉しかった。 僕の怪我は前十字の損傷だったけれど、山瀬は断裂している。フットボールの選手にとって、前十字の怪我はまあ職業病みたいなものだけれど、それでも断裂をしてその後怪我以前のパフォーマンスを取り戻せなかった選手は少なくない。怪物と歌われた小倉も、ちょっとバランスを崩して着地しただけで、フットボーラーとしての運命は大きく変わってしまった。だから、去年怪我を回復させつつ好プレーを見せた山瀬が、今年大きく飛躍してくれる事を心から願っている。この前の五輪代表戦を見る限り、フィジカルは明らかに良くなってきている。プレーのイメージも、徐々に回復しつつあるのだろう。彼自身も、去年は全く思った通りのプレーが出来ていなかったと言っているし、僕は急かす事無く、山瀬がトップフォームを取り戻すまでじっくり応援していきたいと思っている。 ◇フォワードに求められるもの◇ 2.10一昨日、五輪代表のゲームを見ていて声を上げた場面が1回だけあった。終了間際に平山が見せた、右からのクロスを胸でワントラップしてから右足でシュートを放った場面だ。それまで、余りにも“平山”を映し出すテレビ局の方向性に嫌気がさしていたから、この可能性を感じさせるシュートを見て、またちょっと楽しくなった。試合自体は、その前日に行われたフル代表のそれよりも内容を感じさせるものだったし、普通に楽しく見る事が出来た。個々人のレベルには差があるかも知れないが、フットボールのチームとしては、五輪代表の方が高いレベルにあると僕は考えている。 例えば、五輪代表の先制点を、フル代表が再現できる可能性は限りなく低い。ボランチと攻撃的ミッドフィルダーが有機的に相手を囲んでボールを奪い、2トップの関係性で得点する。チームが同じ方向を向いているからこそ、可能になったシーンだった。そしてまた、その得点自体は“おいしい”ものだったものの、平山が試合後に語った言葉に彼の更なる可能性を感じた。 「最後のシュートは、技術が低くてキーパーの正面に行ってしまった」これが、試合後平山が簡潔に語った一言だ。今まで日本のフォワードに、最も足りなかったもの。それが技術であると思う。一口に技術と言っても様々だけれど、フォワードにとって一番重要なのはボールを正確に蹴る技術だと思っている。レアル・マドリーのロナウドがあれだけ得点を重ねられるのも、その正確な技術に寄る所が大きい。バルセロナやインテル時代のスピードはもう無くなってしまっているけれど、どんな体勢からでも、左右どちらの足でも、トップスピードからファーサイドのサイドネットぎりぎりの所へシュートを流し込める技術。これが、彼の真骨頂だ。ロナウドだけではない。世界の名だたるフォワードを見れば、彼らが正確な技術に裏打ちされたプレーを繰り広げている事が解るだろう。そう、ゴールの端へ正確で強いボールを蹴る技術が、フォワードに最も必要な技術だと思うのだ。 今までの日本では、ポジショニングやスピード、そしてとても抽象的な“嗅覚”がフォワードに必要な資質とされてきた。でも、ずっとフットボールを見てきて、実はそうじゃないんじゃないかと思うようになってきたのだ。去年達也が急激にゴールを量産し始めたのも、間違いなくキックの精度が上がったからだし、それは彼の隠れた練習の賜物だろう。柳沢がキーパーとの1対1を悉く外すのは、恐らく彼のキックがそれ程高いレベルにないからだと思う。仮に“嗅覚”がとても鋭い選手が居たとしても、そこでキックミスしていたら得点は奪えない。 だから、平山にはとても大きな可能性を感じている。高校選手権では、両足を見事に使いこなせる事を証明したし、ワールドユースでもその技術の確かさを垣間見せた。そして、一昨日のコメント。彼は、フォワードにとって何が必要なのかを理解していると思うし、またそれを表現しようとしている。 カズ以来、日本人のフォワードは全くと言って良い程プレースキックを蹴らなくなった。それは自分のキックに自信がないからだろうし、優れたフォワードは皆、自らセットプレーの主役になりたがるものだ。平山が、率先してフリーキックを蹴ろうとするようになった時、日本は新種のストライカーを得る事になるだろう。 ◇左利き◇ 2.9ボローニャのベテランイタリア人選手について、昨日ちょっとだけ触れた。中田は普通にチームメイトとしてプレーしているけれど、まだセリエAが雲の上の存在だった頃にテレビを通して彼らを見ていた僕にとって、実はそれはとても凄い事だったりするのだ。 ジュゼッペ・シニョーリは、ズデネク・ゼーマン率いる“ミラクル・フォッジア”で頭角を現し、チームのセリエA昇格の原動力となった。その活躍が認められ、92〜93シーズンにローマにあるラツィオへと移籍。ラツィオでの1年目から彼の得点能力は輝き、いきなりセリエAの得点王となった。更に続くシーズンでも2年連続の得点王となり、一躍ラツィオを代表するスターとなった。代表では、ロベルト・バッジョを攻撃の中心に考えるアリーゴ・サッキ監督の下、故障のジャンルイジ・レンティーニの穴埋めとして左サイド中心の起用となり、それ程大きな輝きを見せた訳では無かった。しかし、クラブでは95〜96シーズンに3度目の得点王を獲得し、常に偉大な選手である。僕が生まれて始めて買ったレプリカユニフォームは、胸に“BANCA DI ROMA”と記された水色のそれだったし、その理由はシニョーリに寄る所が大きい。 爆発的な左足のキックはそれこそ魔法の様で、PKの時にはワンステップでとても強いボールを蹴り、高い決定力を誇った。それ程恵まれた体躯とは言い難いけれど、ボールをミートするセンスは抜群で、いつだって彼のシュートは強烈だった。足のサイズが24.5センチととても小さいらしく、逆にそれがボールをミートするのに好都合だという様な話をどこかで聞いた事がある。馬鹿の大足を地で行く僕は、当時本気で足のサイズより小さなスパイクを履いて、足の爪を真っ黒にしてしまった事があったっけ。 ジャンルカ・パリューカも、僕にとってはとても記憶に残っているキーパーだ。始めて見たのは、イタリアでは考えられない様な攻撃的フットボールを披露していた、サンプドリア時代。現ラツィオ監督のロベルト・マンチーニを中心に、ジャンルカ・ビアリやアッティリオ・ロンバルド、そして現鹿島アントラーズ監督のトニーニョ・セレーゾを擁しスクデットを獲得した頃の話だ。サンプドリアは、その後シニシャ・ミハイロビッチやデイビッド・プラットなどを獲得して更に攻撃色を強め、極めつけはミランからルート・フリットを獲得した事だろう。最近でこそBに落ちたりしているけれど、当時は強豪の一つに数えられていて、とても攻撃的なチームカラーは見ていてとても楽しかった。だから、という訳でも無いけれど、強豪の割には攻め込まれる事も多かったサンプドリアでパリューカは忙しく働き、そこからあの1対1の強さが生まれたのではないかなどと邪推したりしていた。 90年のイタリアワールドカップを過ぎたあたりから、イタリア代表の正ゴールキーパーはインテル・ミラノのワルター・ゼンガからパリューカへと替わり、アメリカワールドカップ予選では殆どの試合でパリューカがゴールマウスを守った。左利きのせいもあるのか、彼は当たり出すと本当に神懸かったセーブを連発し、どうやったら止められるか解らない様なシュートもあっけなくはじき出した。一番記憶に残っているのが、アメリカW杯直前に行われたドイツ代表との親善試合。試合自体はドイツが2対1で逆転勝ちしたんだけれど、試合中2度もユルゲン・クリンスマンがパリューカの目の前で放ったヘディングシュートを、驚異的な反応ではじき返したのだ。これが世界レベルのキーパーなのかと本当に驚いたし、ワールドカップが終わった後、自らがその座を奪ったゼンガとの交換トレードが成立した時にはもっと驚いた。 僕は左利きの選手に強い憧れがある。右利きで血液型A型という、日本人としては極めて普通の感覚を持つ僕にとっては、何となく左利きの人が持つ感覚に対して羨望に近い眼差しを送ってしまうのだ。今でもレフティーはとても好きだし、それは当時好きになった選手が理由になっているのかも知れない。去年までウラワのレギュラーに左利きは居なかったけれど、今年加入した選手の中にはレギュラーに近い左利きがいるし、去年より少しだけ楽しみが増えた。 ◇諸々◇ 2.8この二日間、久しぶりにウラワの選手が出場するフットボールの試合を、立て続けに2試合見ました。そして、ちょっとだけ疲れております。昨日のフル代表の試合は、もはや非常に高いレベルに達した個人の技術的な部分と、未だにどうにもならない戦術的な幼稚さとのギャップに苛まれました。今日の五輪代表の試合は、平山の連呼に終始したテレビ朝日のアナウンサーにまずやられました。平山のプレー自体にはとても可能性を感じたものの、それを引き出した達也への言及が余りにも少なくて憤慨し、また後半、その達也が負傷退場してしまったシーンでは、イランに対して憤りを覚えて。 そして、新たにウラワのディフェンスリーダーとして期待される闘莉王のプレーぶりに、やはり彼がいきなりネッドの代わりが出来るわけでは無いことを再認識させられ、疲れはピークに。山田の代表初ゴールは嬉しかったけれど、結構楽しみにしていた2試合だっただけに、何とも煮え切らない週末になってしまいました。まあ、テレビで見ていただけだから、何とでも言えるんですけど。 で、もやもやしたまま月曜日を迎えるのも何なんで、今日の朝ビデオに録画しておいたウディネーゼ対ボローニャの試合を見ました。中田は相変わらず良いパフォーマンスを発揮していて、安心して見ていられました。ボローニャは今の順位が嘘の様な良い内容で、試合もセリエの名に違わぬハイプレッシャーが続き、見応えのあるものでした。ボローニャには、僕がフットボールにはまり始めた頃イタリア代表で活躍していた、ジュゼッペ・シニョーリとジャンルカ・パリューカが在籍していて、個人的にはとても懐かしい感じがするチーム。中田が加わったボローニャの試合を見て、疲れは少しだけ取れました。 ただ、本格的にこのモヤモヤを晴らしてくれるのは、ウラワしかありません。あと1ヶ月、どの様に過ごすか悩みは尽きません。 トップの画像とデザインをちょこっと変えてみました。今回は長谷部をチョイス。今年の彼には期待大です。あと、アンケートを採っていた結果は、駒場を改造したものが見たいというご意見が最も多かったので、時間がある時に作ります。プレゼント企画の方は来週締め切りますので、良かったらどうぞ。 ◇ベテラン◇ 2.7昨日の朝、スカパーの番組表を見ていたら、何とUEFAカップのバレンシア対マッカビ・ハイファの試合を見つけてしまった。去年の秋に行われた試合の録画なんだけれど、リーガから遠ざかって居た僕はいてもたってもいられなくなって、予約録画の準備をした。会社から帰ると、そそくさとテレビの前に陣取り、アイマール率いるバレンシアがどの様な試合を見せてくれるかと、やや興奮しながらビデオを見始めた。 試合内容は引いて守るマッカビ・ハイファと、攻めるバレンシアという構図で、それは試合開始から終了まで全く変わる事は無かった。そして、怪我人を多数抱えたバレンシアは、イスラエルの強豪を攻めあぐね、とうとうスコアレスのエンパテで試合は終了してしまった。バレンシアの軽快なパスワークや、攻守にわたる組織だったプレーは健在だったけれど、如何せん決定力が非常に乏しかった。決定機の数自体はそれなりに創出していたから、最後の一蹴りに課題を残した内容だった。 まあ、試合自体はそれなりに面白かったし、僕はとりたててバレンシアの大ファンという訳でもないから、ビデオを見終わって試合に対して取り立てて思う事は無かった。しかし、バレンシアの左サイドバックに対して、何とも言えない思いを抱いた。 アマデオ・カルボーニ、38歳。昨年デポルティーボ・ラコルーニャのドナトが40歳でプレーしていたけれど、彼はセンターバックのポジションであり、また最晩年はそれ程多くの試合に出場した訳では無かった。しかしカルボーニは、サイドバックという運動量を要求されるポジションにありながら、38歳の今なお歴としたレギュラーであり、そのプレーは色褪せていない。十分な運動量と、質の高いディフェンス。攻撃参加はそれ程多くはないけれど、左足の精度は高く、クロスボール?≫饐???はいつでも相手の驚異になり、プレースキックだって蹴る。 日本のフットボール界は、Jリーグの開幕以降急速にレベルが上昇し、常に若い世代が注目を集めてきた。前園や中田の世代、小野や中村の世代。傍目から見ても技術的なレベルは明らかに若い世代の方が高かったし、ベテランと言われる世代の選手たちは、下からの突き上げに汲々としている様に見えた。だが今日、ティーンエージャーも“谷間の世代”などと言われる時代になった。本当は谷間などではないし、そういう言葉を発する事自体下らないと思う。単純に、今までの進化が早過ぎただけであり、漸く普通の状態に戻ったのだと思う。 だから今後、年齢的に高くなった選手の力が今まで以上に必要とされてくると思う。ウラワで言えば、内舘や山田あたりだろうか。彼らだって2〜3年もすれば、あっという間にリーグでも年長の部類に入って来る。今までの様に、若い世代が技術的に圧倒的な優位に立つ訳でもない。ベテランになった選手達はフィジカルで多少劣っても、いよいよ自分たちの経験を生かしたプレーで、逆に若手を圧倒するかも知れない。そうなった時、新たな競争原理が働き、また日本のフットボールは進化する。その繰り返しで、フットボールは日々変わって行く。 ◇予防線◇ 2.6僕は精神的な部分に弱さを持っているから、恐い事があると予想される時に、予め予防線を張る事がある。具体的に言えば、何か物事を行おうとする際に、先んじて言い訳を考えておくのだ。もしその物事が失敗に終わったとしても、精神的に受けるショックを少なからず軽減する事が出来るし、事によっては責任も回避出来る。 去年の名古屋もそうだった。日本平でとても嫌な負けかたをして、エメルソンの不在を痛感していた所での名古屋遠征は、正直に言えば完全に晴れやかな気持ちで臨んでいたとは、とてもじゃないが言えなかった。永井が男になってくれるだろうと信じてはいたけれど、心のどこかに靄がかかっていて、行きの新幹線でもそれが晴れる事は無かった。どうしても、百パーセントウラワの勝利を信じ切る事が出来なかったのだ。 だから、試合が進むにつれウラワの劣勢が明らかになって来ると、必要以上にイライラして来た。それはそうだ、自分がチームの事を信じ切れていないのだから。心のどこかに「負けても仕方ないかな。エメもいないし。それに今年はナビスコを獲ったのだし。」という気持ちがあって、必死に声援を送る自分と、負けた時のために用意された、自分を保護する言い訳が常に葛藤していた。応援している中にそんな奴が紛れ込んでいたら、そりゃチームも力を発揮出来ないよな。 今までウラワの試合を見てきて、悔しい思いばかりしてきた。“ここで勝てば”という試合では、悉く煮え湯を飲まされてきた。だからという訳じゃ無いけれど、僕はそういう意味でメンタルが弱い。鹿島や磐田のサポーター達は、僕よりも少しだけ、ここ一番でチームが勝つと信じ切る事が出来るのじゃないだろうか。それは、彼らが今まで培ってきた“勝利”という名の経験なのだと思う。自分の応援するクラブが、決勝やそれに準ずる舞台で勝つ事を知っている。必死に応援すれば、結果が出ると信じられる。そういった経験を、続けてきたのだから。 僕は、去年生まれて始めて自分が応援するウラワが、自分の手で勝利を掴み取った現場に居合わせる事が出来た。喉が潰れる程声を張り上げ応援し、心の底から勝って欲しいと願っていた。試合前から、何だか解らない漲る自信があふれ出てきた。朝、公園で並んでいる時から、今日は絶対勝てるという気持ちがあった。負けることなど、これっぽっちも考えていなかったと思う。名古屋でその気持ちを持ち続けられなかったのは僕の経験不足だし、去年の勝利は少なくとも僕にとって大きな経験になっている。 今年は、去年掴み取った勝利によって自分が成長している事を信じている。こういう経験が、クラブは勿論の事、サポーターも育てるだろう。精神論だけじゃどうにもならないのは解っているけれど、試合前から相手を呑んでかかり精神面で優位に立った試合運びが出来れば、自ずと結果はついてくるだろう。出来れば、自分の心に予防線を張る事無く、一年を過ごしたいと思っている。 ◇酔っぱらい◇ 2.5今日はいつもの観戦仲間たちと“決起集会”という名の新年会。ビールを2杯しか飲んでいないけれど、酒に弱い僕は既に思考回路が緊急停止中。だから、まともな事は書けないので適当にやります。 このオフシーズン、新しい監督の下今年ウラワがどんなフットボールを見せてくれるのか、また新加入の選手達がどんなパフォーマンスを見せてくれるのか想像しているだけで、結構楽しい時間を過ごしていた。それに満足していた訳じゃないけれど、ビデオでナビスコの試合を見ていたりして、まあまあ落ち着いたオフを過ごしていた訳だ。それに加えて仕事も忙しかったし。 ただ、今日久しぶりにいつものメンツが顔を揃えると、途端にそんな甘っちょろい気持ちは一気に吹っ飛んだ。頭から冷や水を浴びせかけられた感じ、とでも言えばよいのだろうか。一緒に飲んだ彼らは、僕がオフシーズンバージョンのまったりとした気分でいたのとは違い、今日も既に臨戦態勢。まだキャンプも始まったばかりだと言うのに、話の内容は今年のアウェーをどうやって行くかという相談ばかり。 仕舞いには、居酒屋の一角でコールが始まり、そのコールは去年までスタジアムで使われていた殆ど全ての種類を網羅し、更にエンドレスで続いて行った。良くもまあ、周りの席から苦情が来なかったものだ。余り酔っぱらえない僕は始め冷や冷やしていたけれど、最終的にはコールに乗っかり、“公”の場である居酒屋で、思いっきり腹から声を出していた。 こうなるともう止まらない。居酒屋ごときで叫んでいるだけじゃ、この高ぶる気持ちは抑えられない。早く試合を見たい! スタジアムで暴れたい! 開幕まであと一ヶ月、試合を見る事は不可能だから、取りあえず大原へ行って気を紛らわせるか、3月4日に有給を使って熊谷まで行くか、それとも代表の試合でお茶を濁すか、とても悩んでいる。 ◇美学◇ 2.4リーガエスパニョーラのクラシコで、バルセロナが勝利した試合だけを集めたDVDが出るというから、内容を良く確認もせず注文してしまった。そして昨日、商品が手元に届いたからサイトの更新もそこそこに封を開けた。メニュー画面を見ると、どうやら98年以降の4試合を収録したものらしい。期待していたドリームチームの映像は無かったけれど、自称バルセロニスタの僕としてはレアルを打ち砕くバルサの姿を見られるだけでも幸せだから、取りあえず全部見た。 そこで感じた違和感は、口では説明できない種類のものだ。バルサが勝利する姿はそれだけで興奮するし、クラシコで無類の強さを発揮するルイス・エンリケや、グラウンドを縦横無尽に走り回るフィーゴの姿は、確かに美しい。リバウドの想像を超えるプレーには、一人で奇声を発する事すらあった。しかし残念ながらその映像からは、僕がドリームチームを見た時に感じた美しさを見いだす事が出来なかった。唯一はっとさせられたのは、やはりグアルディオラのプレーだけだった。 これはおかしい。どう考えたって、当時の試合はスカパーやBSの中継で見ていた筈だし、その時はファン・ハール率いるバルサのフットボールを楽しいと感じていた筈なのだ。特に、フィーゴ在籍時には。恐らく、僕の中ではクライフ時代のバルセロナのプレーが、どんどん美化されて来ているのだろうと思う。今手元にドリームチームの映像は無いから、比較する事が難しいのかも知れない。ロマーリオやストイチコフ、バケーロなどが躍動した当時のフットボールが、僕の中で勝手に大きく成長しているのだ。 それでも、やはりこのDVDに入っている映像の時代と、ドリームチームとの間には大きな差が横たわっていると感じる。一番の違いは、グラウンダーで回されるパスのスピードと、その軌道だ。ほんの少しずつの差異なのだけれど、ディフェンスラインで簡単にボールを回している時でも、ピッチを滑るようにボールが走る場面は、明らかにドリームチームの方が多かった。それはロナルド・クーマンのお陰なのかも知れないし、監督の指導なのかも知れない。 違和感の理由は分かった。僕が好きなフットボールは、バルセロナ伝統のピッチを広く使うそれだけではなく、美しいパス回しのポゼッションなのだ。格好良く言えば、それが僕にとっての美学。簡単な様に見える、グラウンダーでのワンタッチ・ツータッチのパス回し。相手のトラップする方向まで考えたピッチを走るボールを蹴り、それを受けてまた次の選手へ。ボールが緑のキャンパスに白い糸を連続して描き続け、最終的に相手ゴールへと運ばれる。僕が好きなのはそんなフットボールだ。それを、去年のウラワに少しだけ感じていた。 ◇将来◇ 2.3サッカーマガジンの編集長は、やっぱりウラワが気になって仕方がないらしい。彼のコラムは辛辣だけれど、ウラワに対する愛に満ちている。確かに、ウラワのハード面での立ち後れたし、ユース世代の育成でも他のクラブから一歩も二歩も後ろを歩いているのは間違いない。本当に“漸く”プロのクラブとして恥ずかしくない施設を持つ事が出来たし、育成に関しても中村氏を中心にこれから発展していくのだろう。 今後、ウラワの下部組織が順調な歩みを見せ、例えば市原やG大阪の様な実績を残すような組織になっていったら、それこそ完全無欠じゃないか。少なくとも室井や内舘は、出身地がウラワだという理由で、サポーターからより熱い声援を受けている。これがもしウラワの下部組織から育った選手がスタメンを占める様になり、犬飼さんの言う様にさいスタが毎試合満員になれば、これはフットボールのクラブとして一つの完成形と言えるだろう。Jだけでなく、世界的に見ても。 観客動員で他を圧倒し、今では代表チームに多数の選手を送り込むまでになった。サポーターの熱気は言わずもがな、ウラワという規模の大きな町にありながら、地域密着というJの理念を忠実に再現している。今まで、サポーターばかりが取り上げられる時間が多かったけれど、今の報道を見ていれば判る様に、これからはウラワに対する見方が変わってくるかも知れない。 高い能力を誇る選手は、やはりそれなりに注目されるし、やがてはコアなサポーターとは言えない人達もスタジアムへやってくる。クラブの運営が上手く行けば行くほど、注目度は上がりウラワに対する世間のスタンスは変化していく。既に今だって、僕の周りではウラワの話題が明らかに増えてきている。そこで、やもするとJのお荷物と言われた時から、自分の時間を削りながら必死に応援してきた人達と、多少の摩擦が起きるかも知れない。 でも、そこで立ち止まってはいけないと思う。ウラワが大きく成長するのが、僕にとってはとても幸せな事だし、ウラワが“ビッグクラブ”と呼ばれる時が来るのを切望している自分がいる。そして、矛盾するようだけど、ウラワがそこにあるだけで幸せだと思う自分も居る。ま、人間なんて自分勝手だから。 ◇マルクス闘莉王ユウジ・ムルザニ田中◇ 2.2最近、闘莉王の姿をテレビで良く見る。それだけ注目度が高いという事だ。僕は彼の“気合い”という言葉に代表される熱さが、ウラワに新しい血を注いでくれるのではないかと期待している。また、あれだけ声を出す選手はウラワに今までいなかったタイプなので、ちょっとした軋轢は生まれるだろうと予想されるけれど、それでも将来的には大きなプラス材料になるのではないかと考えている。実際のプレーは殆ど見たことが無いから何とも言えないけれど、あの男気溢れる精神は、間違いなくウラワにとっての財産になるだろう。 彼の話す言葉を全て鵜呑みにする必要も無いかも知れないが、一々真面目さを感じさせる選手だ。自分を受け入れてくれた日本に恩返しをするために帰化したとか、自信がなければ代表の練習なんて参加する意味がないとか。もう間違いなくウラワのサポーターには気に入られる資質を持っている。昨日のフェスタでも、一番始めに今年の抱負を聞かれたときに、まずサポーターへ挨拶をする所など、なかなか解っている。 彼が祖父の故郷である日本という国に興味を持ち、単身日本へサッカー留学という形で渡ってきたのが高校生の時。それだけでもとても大変な作業であるし、僕なんか比べるべくも無いけれど、今だって海外で暮らすなんて無理だと決めつけている。そして、その難しい環境の中プロ入りを果たし、国籍まで変える決断をしている。そこへ至るまでには、日本で生まれぬくぬく暮らしている僕なんかには想像も出来ない苦労もあっただろう。 僕が闘莉王の発言を聞いていて一番感心するのは、とても素晴らしい教育を受けていたのだなと感じさせる所。彼が親から良く言われていたのが「自分の決断には、自分が責任を持たなくてはならない」という言葉らしい。また、常日頃から彼が言っている、日本という国に対する思いや親に対する思いやりなど、別に彼を美化しようとしているのではないし、大層な御託を並べる積もりもない。ただ、何だか彼は日本人が忘れてしまった何かを持っている様な気がするのだ。 そう言えば、ブラジルから日本に帰化した人達は皆そうだった。ラモスしかり、ロペスしかり。僕は“何が正しいか”なんてとても言えた人間じゃない。それでも自分で道を切り開いてきた彼らの人生から、何かを学び取る事は可能だと思う。今年のウラワには、そうやって独力で険しい道を開拓し、そして僕らの国の人間になってくれた選手が二人も居る。そんな彼らを、僕は愛さずにはいられない。 ◇専用スタジアム◇ 2.1午前中に所用を済ませ、一路さいたま新都心駅へ。そう、今日はウラワのファンフェスタの日だ。周知の通りエメルソンは居なかったけれど、今年新加入の選手達や、帰ってきたギド・ブッフバルト監督などが顔を揃えた。TBSスーパーサッカーの収録も同時に行われ、近年のフェスタとしては極めて華やかなものとなった。ま、個人的には生まれて初めてフェスタに行ったのだけれど。 ここで収録が行われた、スーパーサッカーの“バナナキング”コンテストは、ある意味テレビ的に非常に“美味しい”結果となった訳だけれど、その内容は行った人のみという事で。僕が書かなくても、ネット上には情報が氾濫しているから、大体の内容はすぐ掴めるだろう。白石美帆が来なかった事だけが、非常に心残りではある。 新しいユニフォームは、想像したものよりも少しだけ格好良く見えた。襟無しは思ったより違和感が無かったし、赤の発色が悪くないのでそれだけで十分だと思う。後は、このチームが結果を出して行けば、格好良さは勝手についてくる。去年、コルトのユニフォームを見た時、え?と思った自分が居たけれど、ナビスコを勝ち取った時「なんて格好良いユニフォームなんだ」と捉え方が180°変わっていた。要は、勝利が選手を育て、ユニフォームも育てるのだ? とまあ、そんな事より一番驚いたのが、さいたまスーパーアリーナの収容能力だ。何と集まったファンはオフィシャルによると24213人! 4階席はまだまだ人が入れそうだったし、詰め込めば恐らく3万近くの人が入れるだろう。今回は去年までとは違い、所謂「スk????タジアムモード」になっていた訳だけれど、あの駅から抜群に近い立地と併せ、ここにフットボール専用スタジアムがあったらどんなに良いかと考えていた。 さいたまスーパーアリーナがある場所は、元々駅すら無かった土地なのだし、何とも惜しい事をしたものだ。今日のアリーナで、僕はフットボールスタジアムで言えばバックスタンド側にいて、そこから見た景色はイングランド風の専用スタジアムのそれだった。ピッチは微妙に狭かったから、あそこで公式試合が出来る訳じゃないけれど、それでもあの規模の専用スタジアムだったらこういう景色で試合が見られるんだろうなと一人感慨に浸っていた。 ウラワから一駅の駅前という立地に、4万人収容規模のフットボール専用スタジアム。嗚呼、何と甘美な響きだろうか。という訳で、妄想の中でだけでもと思い、またコラージュを作ろうと考えている。さいスタを改造したとても大きな3階建てのスタジアムにしようか、駒場を専用にした箱形スタジアムも良いな。はたまた酷い妄想のプレミア風専用スタジアムか。左にアンケートを作ったので、投票を。暇を見つけて作業するので、ネタ元になりそうな画像を持っている方は、提供希望! |